2022/01/05(水)Vol.437
2022/01/05(水) | |
2022年01月05日号 | |
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オペラリッカルド・ムーティ |
12月のミラノといえばスカラ座開幕が話題ですが、今シーズンはもう一つ、音楽ファンにとって大注目だったのがリッカルド・ムーティ・イタリアオペラ・アカデミー。その様子を、田口道子さんのレポートでご紹介します。
マエストロ・ムーティが提唱して、ラヴェンナで7年前に始まった若い指揮者とコレペティトールを養成するオペラ・アカデミーが今年は12月4日から15日までミラノで開催された。
マエストロの趣旨に賛同したミウッチャ・プラダが彼女が運営する財団での開催を望み、全面的に協力してくれたためである。プラダと言えば靴やバッグを中心としたトータルファッションの著名なブランドだ。芸術や文化に精通するミウッチャは30年来芸術文化振興に尽力し、絵画、彫刻、建築、映画など多くの分野で展示や講演などの活動を援助してきた。そして、2015年に旧蒸留所の広大な跡地にプラダ財団の本部となる複合文化施設をオープンした。その元倉庫を改装して600席のコンサートホールを作り、リッカルド・ムーティ・イタリアオペラ・アカデミーを招いたのである。
今年の課題はヴェルディの『ナブッコ』で300人もの応募者から選ばれた5名の若い指揮者(イタリア、イギリス、イスラエル、ルーマニア、台湾)と5名のコレペティトール(全員イタリア)がムーティから直接の指導を受けた。オーケストラはケルビーニ管、ソリストはナブッコにセルヴァン・ヴァジーレ、アビガイッレにガブリエル・ムーラン、ザッカーリアにリッカルド・ザネッラート、イズマエーレにアゼル・ザーダ、フェネーナにフランチェスカ・ディ・サウロが出演した。
レッスンは5日から11日まで連日10時30分から13時、16時から18時30分までとかなりハードなスケジュールで行われた。レッスンに先立ち、4日にはムーティがピアノを弾きながら解説する講演会が行われた。レッスンは全て公開され、客席では多くの若い音楽家たちがスコアを開いて熱心に聴講していた。
12日は生徒たちのゲネプロ、13日と14日はムーティ指揮のゲネプロとコンサート、そして15日は生徒たちのコンサートが行われた。ムーティがミラノでオペラを指揮するということで14日の本番は全席完売し、文化大臣、ミラノ市長、ミラノ・スカラ座総裁も姿を見せた。ムーティの得意とするレパートリーの演奏は、エネルギーに満ち溢れる場面や緊張感いっぱいのピアニッシモの場面など、特にレッスンに参加した人にとってはオーケストラの全てのパートが何を表現しているかが明白に理解できる、素晴らしい模範演奏だった。
そして、15日のアカデミー終了コンサートもまた素晴らしかった。『ナブッコ』を5分割してくじ引きでどの部分を指揮するかが決められたのだが、たったの一週間でこれほど進歩するかとびっくりするほど、生徒全員が表現豊かな演奏をするまでに導かれたのだ。
ムーティの目的は少数の優秀な指揮者を育てることではない。アカデミーを通してイタリアオペラの真髄に迫り、自分が学んできた素晴らしい師の教えや共演してきた偉大な演奏家から得た経験から、身に付けたことを後世に伝えたい一心なのだ。作曲家の意図を理解するために楽譜を深く読み、それぞれの楽器が何を表現しようとしているのか探り、オペラ台本の言葉を大切にすることがどれほど重要かを教えてくれている。イタリアオペラの黄金時代は去り、このままでは衰退の途を辿ることを憂慮しているのだ。
ムーティのアカデミーは東京にも根を下ろした。コロナ禍で東京でのアカデミーは順調な運びを妨げられてはいるが、マエストロは今後の開催を楽しみにしている。シカゴ響の音楽監督としての活躍もウィーン・フィルとの素晴らしい演奏も大きな満足感を味わっていることだろうが、イタリアオペラ・アカデミーで若者たちに細かく指導をしている時のマエストロの顔は、本当に幸せそうであった。
文:田口道子(演出家)年12月ミラノにて