2022年年明け、イングリッシュ・ナショナル・バレエ(ENB)芸術監督タマラ・ロホはバレエ界に大きなニュースをもたらしました。
ENBで1月18日に幕をあける「ライモンダ」は、ロホの演出・振付デビューとして注目されるところですが、ほぼ時を同じくして、彼女が2022年末にサンフランシスコ・バレエ団の芸術監督に就任することが発表されたのです。
タマラ・ロホがENBの芸術監督に就任したのは2012年。10年におよぶこの間に、ロホがENBに果たした役割が多大であることは周知のこと。アーティスティック、プログラムの両面における充実をはかり、個性的でエキサイティングな、世界でも指折りのバレエ団へと躍進させました。世界中がコロナ禍に見舞われた2020年には、いち早くライブストリーミング配信を行ったり、新たなデジタルプラットフォーム「ENB at Home」を立ち上げるなど、バレエを通して社会とコミットするロホの企画力と実践力が示されています。
ロホの振付・演出デビューとなる「ライモンダ」は、クリミア戦争を舞台に、ナイチンゲールにインスパイアされた物語としてつくられています。1854年のイングランド、ライモンダはクリミア戦争下で看護師になるため家を出ます。彼女は兵士ジョンと婚約しますが、すぐにオスマン帝国軍の指導者である彼の友人アブドゥルに愛情を抱くことに。ライモンダ自身と周りに起こる混乱が大きくなるにつれ、彼女が心を捧げるのは......? 従来、ライモンダをめぐる二人の男性の争いとして描かれた「ライモンダ」ですが、ロホは、ライモンダの二人の男性への想いという視点として描くというものです。常に、クラシック・バレエの遺産を現代の演劇の感性と、豊かな情感をもつ女性キャラクターと結びつけること、というロホのビジョンの実現といえるようです。
ENB「ライモンダ」のトレイラーはこちらからご覧になれます
https://youtu.be/oaDNn0e10pg
サンフランシスコ・バレエ団は1933年に設立されたアメリカで最も古いプロフェッショナルのバレエ団です。1985年から、ヘルギ・トマッソンが40年近くにおよび芸術監督を務めてきました。ロホの就任は初の女性監督でもあります。
同バレエ団は、ダンサーや音楽家などの意見を含めた関係者による10カ月におよぶ調査のうえで決定したと発表。ロホも「私はサンフランシスコ・バレエ団をアメリカで最もクリエイティブなダンスカンパニーの1つとして長い間称賛してきました。サンフランシスコ・バレエ団に参加して、このバレエ団の革新的な精神を高め、バレエの未来がどのようになり、どのように見えるべきかを再考し、私たちの芸術スタイルが提供できる最高のものを、可能な限り多くの観客にお届けしたいと考えています」と語っています。
サンフランシスコ・バレエ団は、ロホのダンサーとしてのキャリアはもとより、伝統的な過去から未来へと芸術を取り入れるためのイノベーターとしての能力も称賛しています。
ロホは、カナダで生まれ、スペインのマドリードで育ち、早くからダンサーとして活躍を開始しましたが、一方でマドリードの大学の博士号も取得しています。「16歳でプロのダンサーになる時、母親から夜学に通うことを条件に許可されたから」という彼女は教育の大切さを、身をもって感じているようです。
ENBから離れることは"英国のバレエシーンにとっては打撃"と報じられましたが、ロホは、「ENBで過ごした時間を信じられないほど誇りに思っている」と語り、今後も関係は保っていくとのこと。ENBの「ライモンダ」は1月の初演の後、11月30日から12月3日の再演が予定されています。来年の今ごろは、新天地サンフランシスコ・バレエ団でのロホの躍進ぶりが報じられることになるかもしれません。