まだまだコロナ禍は終息とは言えないなか、ヨーロッパの夏の音楽祭を訪れた音楽評論家の石戸谷結子さん。来日デビュー目前のリセット・オロペサが登場したザルツブルク音楽祭の模様を紹介していただきました。
海外渡航が困難な日々が続いていたけれど、ようやく明るい陽射しが見え始め、思い切って行って来ましたザルツブルクに。3年ぶりのザルツブルク音楽祭。抜けるような青い空に鳴り響く教会の鐘の音も、旅行客がひしめくゲトライデ・ガッセにも変わりはないけれど、何かちょっと違う。音楽祭プログラムは新演出が減って、大スターの出演も少ない。噂ではロシア系のメガ・バンクの寄付が減って、財政問題も浮上したとか。劇場に入ると「マスクを推奨します」のアナウンスがあり、60%はマスク姿。コロナとウクライナ戦争の影は、華やかな音楽祭にも影を落としているのだ。
休憩時間になると、祝祭劇場前の広場に大勢の人が集まり、談笑。向こうに見えるのはザルツブルグ城
Hofstallgasse
© SF/Kolarik
そんな音楽祭だが、目立つのは若手スターの台頭だ。その一人が、もうすぐ初来日を果たす、リセット・オロペサだ。いまやアメリカのみならず、ヨーロッパでも評価が急上昇し、スカラ座を始め、ウィーン国立歌劇場など超一流歌劇場を躍進中。その彼女が8月25日、得意の『ランメルモールのルチア』(演奏会形式)でザルツブルク音楽祭デビューを飾ったのだ。指揮はダニエレ・ルスティオーニ、相手役のエドガルドはこれも旬の人気テノール、バンジャマン・ベルネーム、兄のエンリーコはいま最高のバリトンといわれるリュドヴィク・テジエという布陣。大人気公演で、残念ながらチケットを入手できず、観ることが出来なかったが、「透き通った美しく力強い声」「柔軟なパッセージ」などが絶賛され、「彼女がいま最高のルチア歌いであることを納得させられた」などの評が出て、ザルツブルク・デビューを大成功で終わらせた。
オロペサのザルツブルク音楽祭デビューを飾った『ランメルモールのルチア』
Lucia di Lammermoor 2022: Riccardo Della Sciucca (Lord Arturo Bucklaw), Benjamin Bernheim (Sir Edgardo di Ravenswood), Ann-Kathrin Niemczyk (Alisa), Lisette Oropesa (Miss Lucia), Daniele Rustioni (Conductor), Ludovic Tézier (Lord Enrico Ashton), Roberto Tagliavini (Raimondo Bidebent), Seungwoo Simon Yang (Normanno), Mozarteum Orchestra Salzburg, Philharmonia Chor Wien
© SF / Marco Borrelli
ザルツブルク音楽祭事務局が編集した広報誌に掲載のオロペサのインタビュー
オロペサはザルツブルク大学の講堂で、「若い歌手のためのマスタークラス」も実施。広い講堂には数百人の聴衆が集まり、プロを目指す歌手たちがアリアを披露。オロペサは、その人の声質に歌が合っているか、良かった点などを述べ、的確なアドヴァイスをしていく。早口で論理的に語っていく様子は頭の回転が速く決断力のある女性という印象だ。
ところで今年のザルツブルク音楽祭の目玉はプッチーニの〈三部作〉。『ジャンニ・スキッキ』のラウレッタ、『外套』のジョルジェッタ、『修道女アンジェリカ』のアンジェリカという3つの役を、アスミック・グリゴリアンが一人で歌った。性格も声質も異なる3つの役を一晩で歌い上げるには、かなりのテクニックと情熱が必須。アスミックはとくに最後のアンジェリカをドラマティックに歌い上げ、超満員の聴衆から総立ちの大絶賛を浴びた。アスミックはこれまでザルツブルク音楽祭で、『サロメ』『エレクトラ』と話題の公演に主演しており、ザルツブルクではすっかりお馴染みのディーヴァとなった。
音楽祭のテーマの一つは「バルトークと一緒の時間」。オペラではテオドール・クルレンツィス&ロメオ・カステルッチによるお馴染みのコンビが、バルトークの『青ひげ公の城』を上演。カール・オルフの『時の終わりの劇』も同時上演。これは1973年にザルツブルクで初演された劇音楽。2つともかなり地味な作品だが。再演はバルトリ主演の『セビリャの理髪師』『魔笛』『アイーダ』。このうち『アイーダ』では、オロペサと共に来日する実力派バリトン、ルカ・サルシがアモナスロ役で出演。圧倒的な歌唱と演技力でひと際大きな拍手を浴びた。その存在感は主役のアイーダやラダメスより強烈な印象を残し、カーテンコールでもひと際大きな拍手で迎えられた。
ルカ・サルシ出演の『アイーダ』
Aida 2022: Luca Salsi (Amonasro), Elena Stikhina (Aida), Concert Association of the Vienna State Opera Chorus, Extras of the Salzburg Festival, Dancers
© SF / Ruth Walz
取材・文:石戸谷結子(音楽評論家)
2022年
9月23日(金・祝) 15:00
9月25日(日) 15:00
会場:東京文化会館(上野)
S=¥19,000 A=¥17,000 B=¥15,000
C=¥13,000 D=¥10,000
U25シート=¥3,500
*ペア割引あり[S,A,B席]
9月23日
ヴェルディ: | 歌劇『シチリア島の夕べの祈り』 ありがとう、愛する友よ [オロペサ] |
ヴェルディ: | 歌劇『リゴレット』 悪魔め、鬼め [サルシ] リゴレットとジルダの二重唱“いつも日曜日に教会で” [オロペサ&サルシ] |
ヴェルディ: | 歌劇『椿姫』 ああ、そはかの人か〜花から花へ [オロペサ] プロヴァンスの海と陸 [サルシ] |
ドニゼッティ: | 歌劇『ランメルモールのルチア』 ルチア 狂乱の場 [オロペサ] |
ヴェルディ: | 歌劇『ドン・カルロ』 ロドリーゴの死“終わりの日がきた” [サルシ] |
ドニゼッティ: | 歌劇『愛の妙薬』 アディーナとドゥルカマーラの二重唱“何という愛情〜やさしい流し目” [オロペサ&サルシ] |
9月25日
ヴェルディ: | 歌劇『マクベス』 慈悲、敬愛、愛 [サルシ] |
ヴェルディ: | 歌劇『椿姫』 ああ、そはかの人か〜花から花へ [オロペサ] |
ヴェルディ: | 歌劇『仮面舞踏会』 お前こそ心を汚す者 [サルシ] |
ヴェルディ: | 歌劇『椿姫』 ヴィオレッタとジェルモンの二重唱“ヴァレリー嬢ですか〜お伝えください、清らかなお嬢さんに”[オロペサ&サルシ] |
ドニゼッティ: | 歌劇『ランメルモールのルチア』 ルチアとエンリーコの二重唱“ルチア、こちらに来なさい〜私は涙にくれ” [オロペサ&サルシ] |
ジョルダーノ: | 歌劇『アンドレア・シェニエ』 国を裏切る者 [サルシ] |
ベッリーニ: | 歌劇『清教徒』 エルヴィーラの狂乱の場“あの方の優しい声が” [オロペサ] |
ヴェルディ: | 歌劇『リゴレット』 悪魔め、鬼め [サルシ] |
ロッシーニ: | 歌劇『セビリアの理髪師』 ロジーナとフィガロの二重唱“まあ、それじゃ私じゃないの” [オロペサ&サルシ] |
(順不同)ほかオーケストラ曲
指揮:フランチェスコ・ランツィロッタ
演奏:東京フィルハーモニー交響楽団