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2022/10/19(水)Vol.456

2023年ローマ歌劇場日本公演
ソフィア・コッポラの『椿姫』
2022/10/19(水)
2022年10月19日号
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オペラ

2023年ローマ歌劇場日本公演
ソフィア・コッポラの『椿姫』

2023年ローマ歌劇場日本公演で、2018年に続いての再演となるソフィア・コッポラ演出の『椿姫』。ローマ歌劇場での初演にあたって彼女が語った言葉を、今一度ご紹介しましょう。

初のオペラ演出を受けたのは『椿姫』だったから

女流映画監督として確固たる地位を築いているソフィア・コッポラが、オペラ演出のオファーを初めて引き受けたのは『椿姫』だったからだと語りました。
「『椿姫』を演出するにあたってヴィオレッタについて考えたのは、彼女が私たちの時代に生きる女性として感じられれば、彼女の繊細さ、彼女の状況を理解できるということでした。自分の魅力を武器にしながらも、とても傷つきやすくロマンティックな心の持ち主であること。愛のもとに、彼女は自身の愛をあきらめ、究極の犠牲を払ったのです。この、ヴィオレッタが自分が考える"やるべきこと"をやったこと、アルフレードに最善を尽くすために、自身の愛をあきらめたことを"極上の悲劇的ラブストーリー"として描こうと考えました」
"ヴィオレッタの愛"は幕を追うごとにかたちを変えていきます。第1幕では躊躇しながらも、アルフレードの率直さに抗いきれない自分を見つめ、第2幕ではアルフレードへの愛を貫きます。ヴィオレッタが自身の愛をあきらめたのは彼の父ジェルモンの懇願を前に、なによりもアルフレードのことを考えたからなのです。第2幕のヴィオレッタのアルフレードへの愛は苦悩の愛へとかわるのです。そして第3幕、最期のときを前にすべての真実が明らかになり、ヴィオレッタはアルフレードと再会します。コッポラがここで描くのは、2人の再会の単なる喜びではありません。ヴィオレッタが"やるべきことをやった"、その結果の美しさなのです。目に見える虚飾も、心にバリアを張ることもなくなったなかで成就する"ヴィオレッタの愛"が、コッポラの『椿姫』なのです。

ソフィア・コッポラ演出『椿姫』
第1幕 ヴィオレッタは躊躇しながらも、アルフレードの率直さに抗いきれない自分を見つめる
(ローマ歌劇場2018年日本公演より)
Photo: Kiyonori Hasegawa

ヴィオレッタが今の女性として感じられるように

ヴィオレッタの繊細さを表すためには、映画監督の視点が活かされました。
「私にとってのオペラの仕事は、映画のセットの中での仕事とよく似ていると思います。ただ、オペラでは歌手たちが歌いやすいような動きやポジションを決める必要があるのが映画とは違う点です。オペラ歌手は、呼吸や身体の使い方が制限されるという意味では、俳優よりもアスリートに近いかもしれません。カメラでとらえる映画とは違って、視線やそれぞれの場面でのヴィオレッタの気持ちを舞台上で表すにはどう表現すれば良いかを考えながら、ヴィオレッタ役の歌手に私が考えるヴィオレッタのキャラクターを伝えました」
コッポラ演出の初演でヴィオレッタ役を演じたフランチェスカ・ドットは「ソフィアさんは私たちのことをよく観察していました。そして、演技に関してはとても細かいところまで指示がありました。特に第2幕のジェルモンとの場面、"私を愛して"と言いながらアルフレードに別れを告げる場面、第3幕のアルフレードとの二重唱などに」と語りました。

ソフィア・コッポラ演出『椿姫』
第2幕第2場 アルフレードの怒りに打たれるヴィオレッタだが、辛くとも真実を明かすことはできない。強い意志を貫くことこそが、彼女のアルフレードへの愛だから。
(ローマ歌劇場2018年日本公演より)
Photo: Kiyonori Hasegawa

映画では、役者の顔をアップにしたり、必要に応じて観る者の視点を誘導することができます。しかし、劇場の舞台上では、歌手の細かい表情は客席からは遠く、わかりにくいこともあります。そうしたなかでも、コッポラは歌手に細部にこだわることを求めるとともに、誰もがその細部を感じ取れるようにつくっています。たとえば第3幕、絶望していたヴィオレッタが、アルフレードがやって来たと聞いた場面。アンニーナの声を聞いたヴィオレッタは、すかさず鏡の前に行き、髪を整え香水をふって身支度を整えます。愛する人との再会の瞬間へのヴィオレッタの深い愛と繊細な女心が、誰の目にも感じ取れるのです。観客が何の違和感もなく、自然に共感を覚える.....そこに登場人物の心情が表れ、ドラマに引き込まれていくことになる、これこそ、ソフィア・コッポラの演出手腕といえるものでしょう。

『椿姫』は、オペラ作品のなかでも世界中で最も多く上演されている作品の一つです。それだけに演出の解釈もさまざまなものがあります。ソフィア・コッポラは、自身が映画監督として焦点をあてた女性たちと同じように、まっすぐにヴィオレッタをみつめた、といえるでしょう。ヴィオレッタを、単に過去の時代に生きた女性としてではなく、自分たちと同じ時代にも通じる"愛に生きる女性"として描いたのです。

*インタビューの内容は2018年のローマ歌劇場日本公演に向けて行われたものより、編纂しました。