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Photo: Kiran West

2022/11/02(水)Vol.457

ノイマイヤーの芸術監督としての最後の来日(2)
ハンブルク・バレエ団日本公演「シルヴィア」
2022/11/02(水)
2022年11月02日号
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バレエ

Photo: Kiran West

ノイマイヤーの芸術監督としての最後の来日(2)
ハンブルク・バレエ団日本公演「シルヴィア」

2023年3月のハンブルク・バレエ団日本公演の演目を舞踊評論家の新藤弘子さんに解説していただく2回目。かつてパリ・オペラ座バレエ団エトワールのマニュエル・ルグリとオレリー・デュポンによって、世界バレエフェスティバルなどで披露された「シルヴィア」の印象的なパ・ド・ドゥ。あの、ほろ苦さがにじむ男女の関係とは? バレエ史に残る名作のリメイクというより"私たちの物語"と呼びたい、ノイマイヤー版「シルヴィア」の全貌がまもなくあらわに。

恋に揺れ大人の官能の世界へ踏み出した男勝りなシルヴィア。その先の人生にあったのものは?

革のベストに身を包んだ女性たちが、歓声を上げて舞台を走る。地を踏みしめて弓を構え、矢を放つ動作の凛々しさ。髪をなびかせ、笑う表情の屈託のなさ。やがてその中の1人、シルヴィアの存在が浮かび上がり、変化が訪れる。彼女に思いを寄せる青年との出会い、戸惑いと反発、そして別れ。新たな世界への扉が開かれ、さらに時の流れが再び2人に出会いをもたらす。

ジョン・ノイマイヤー振付の「シルヴィア」が、これまでの来日公演で上演されていなかったことに、内心驚きを感じる。多くの観客はきっと、ヒロインと自分にさまざまな共通点を見つけることだろう。ノイマイヤーが芸術監督としてハンブルク・バレエ団を率いる最後の公演となる今回、初めて日本でその全幕を観ることがかなう。

Photo: Kiran West

レオ・ドリーブの音楽にルイ・メラントが振付けた原典版が初演されたのは1876年、パリ・オペラ座でのことだった。16世紀イタリアの詩人タッソーの田園詩に基づくギリシャ神話の世界が舞台。羊飼いアミンタは狩の女神ディアナに仕えるニンフのシルヴィアに恋し、その姿を見ようと聖なる森へ足を踏み入れる。ディアナの怒りを買い、シルヴィアには拒絶されるが、アミンタは彼女を思い続け、シルヴィアも愛の神エロスの矢によって彼への愛を自覚する。狩人オリオンの妨害などの曲折を経て、最後に2人は結ばれる。

この振付は短命に終わったものの、各場面を彩るドリーブの音楽は素晴らしく、後世の振付家たちを魅了した。有名なところでは1950年にジョージ・バランシンが、1952年にはフレデリック・アシュトンが、それぞれの版を発表している(東京バレエ団は2010年に、アシュトン生誕100周年に際して英国で復刻された版を上演している)

1997年初演のノイマイヤー振付「シルヴィア」も、その延長線上にあるということはできるだろう。だが作品をひとたび観れば、これが古典の改訂にとどまらないことは明白だ。冒頭で触れたニンフたちの斬新なビジュアル、ヤニス・ココスによる現代アートを思わせる美術。何より魅力的なのは、シルヴィアを1人の女性として捉え、その成長に焦点を当てた登場人物たちの描き方だ。第1幕、アミンタはシルヴィアへの恋心をひたむきに表現し、はつらつと弓を駆使していたシルヴィアは、謳歌していた青春と、初めて出会った異性アミンタへの愛の間で揺れる。ニンフたちを自在に支配するかに見えるディアナも、強さの裏で密かに、眠り続ける恋人への思いを抱き続けている。

Photo: Kiran West
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原典版ではシルヴィアを拐(かどわ)かす"悪役"だったオリオンと愛の神アムール(エロス)がひとつの役になり、1人のダンサーが踊ることにも注目したい。オリオン/アムールはシルヴィアを森の外へと導き、自らの性に目覚めさせる。第2幕第1場〈オリオンのパーティ〉の、深紅のドレスをまとったシルヴィアと、黒い燕尾服姿で男性的な魅力を発散するオリオンらの踊りは実に魅惑的だ。シルヴィアはアミンタやディアナを思い、ディアナの幻影が差し出す弓を手に取るが、もう昔の彼女に戻ることはできない。ガラ公演でおなじみの、くすんだオレンジ色の旅行服を着たシルヴィアとアミンタのパ・ド・ドゥは、それから数十年ののち、2人が再び出会う場面で踊られる。髪に白いものを混えた2人の、情感に満ちたデュエットが心を打つ。ドリーブの甘美な音楽と背中合わせに漂うほろ苦い詩情が、全幕を通して見たとき、改めて深い余韻となって響くことだろう。

Photo: Kiran West

パリ・オペラ座バレエ団での初演の際は、モニク・ルディエール、マニュエル・ルグリら、綺羅星のようなエトワールたちが主要な役を踊った。同年ハンブルク・バレエ団のレパートリーにも入り、現在タイトル・ロールを踊っているダンサーの1人が菅井円加だ。豊かな表現力と存在感はすでに誰もが知るところだが、2021年の世界バレエフェスティバルで踊った「アイ・ガット・リズム」や「グラン・パ・クラシック」の素晴らしさには目を奪われた。今回ついに日本で、ノイマイヤー全幕作品の主役を踊る姿が見られる。開幕が心から待ち遠しい。

新藤弘子(舞踊評論家)

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ハンブルク・バレエ団2023年日本公演
〈ジョン・ノイマイヤーの世界 Edition2023〉
「シルヴィア」

公演日

〈ジョン・ノイマイヤーの世界 Edition2023〉
2023年
3月2日(木)19:00
3月3日(金)19:00
3月4日(土)14:00
3月5日(日)14:00

会場:東京文化会館
*音楽は特別録音による音源を使用

「シルヴィア」
2023年
3月10日(木)19:00
3月11日(金)13:30
3月11日(土)18:00
3月12日(日)14:00

会場:東京文化会館
・指揮:マルクス・レティネン
・演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
*配役については公式サイトをご覧ください。

入場料[税込]

S=¥24,000 A=¥21,000 B=¥19,000
C=¥15,000 D=¥11,000 E=¥8,000
U25シート=¥4,000
*2演目セット券[S,A,B席]あり
*ペア割引[S,A,B席]あり
*親子割引[S,A,B席]あり