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Photo: Stefano Guindani

2023/05/17(水)Vol.470

英国王戴冠式の音楽模様
2023/05/17(水)
2023年05月17日号
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オペラ

Photo: Stefano Guindani

英国王戴冠式の音楽模様

日本ではゴールデンウィークの終盤となる5月6日に行われた英国王の戴冠式は、世界が注目する"世紀の大イヴェント"。さまざまなしきたりに則って執り行われた戴冠式は、日本人にとっては何を意味するものか不明なところもあったでしょう。実のところ、英国人であっても、一つひとつの意味合いは不明なのだという声も......。とはいえ、ほかにはない荘厳さや伝統を守り貫くことの偉大さは、誰もが感じたことでしょう。そうしたなか、クラシック・ファンとしては、やはり音楽への興味も高まります。ロンドン在住のジャーナリスト、秋島百合子さんに、戴冠式の音楽についてご紹介いただきました。

戴冠式の音楽は、国王の音楽的知見に加え、
現代社会を反映し、あらゆる人種や社会階層の好みを総集した音楽が目指された

チャールズ国王の戴冠式が5月6日、ロンドンのウェストミンスター寺院で厳かに行われた。バッキンガム宮殿から寺院に至る沿道や周囲の大通りは、英国国旗を掲げてお祝いに駆けつけたお祭り気分の人々で埋め尽くされた。
但し、70年前のエリザベス女王の時と比べると、壮麗でありがならもどこか簡素でありたいという国王の気持ちが見て取れた。そして、新国王が式典の最中にふと下唇を噛んだり、ウィリアム皇太子が父君に儀礼上の接吻をする時に笑顔の百分の一ぐらいのほほ笑みを浮かべたりするのはなんとも人間的で、人々は温かい気持ちになったのではないか。

国王のクラシック好きと音楽的知識の深さは有名だが、それだけではなく、戴冠式ではできるだけ現代社会を反映するように、あらゆる人種や社会階層の好みを総集した音楽にすることを目指したという。さらに聖歌隊の一部として、伝統的な少年聖歌隊に加えて、初めて少女の聖歌隊を結成したのも画期的なことだった。

演奏の中心は、この式典のために8つの楽団から選ばれた楽団員が臨時編成した「戴冠式楽団(Coronation Orchestra)」である。指揮は、ロイヤル・オペラハウス音楽監督のアントニオ・パッパーノだ! 新旧のさまざまの楽曲からなるプログラムの作成に関しては、チャールズ国王自らが大きく関与したという。

しかしなんといってもハイライトは、国王夫妻の入場と共に演奏されたサー・ヒューバート・パリーのアンセム『アイ・ワズ・グラッド』だろう。「アビー(寺院)・アンド・チャペル(礼拝堂)・ロイヤル聖歌隊」に少女達の合唱を加えた21世紀の響きが、パッパーノ指揮による特別編成の楽団と共に新時代の国王を迎えたのである。
さらにはウィリアム・バード、エドワード・エルガー、ヴォーン・ウィリアムズ、ヘンデル等、20世紀の戴冠式ではおなじみの音楽が肩を並べる一方で、12曲の現代音楽も演奏された。そしてヘンデルがジョージ2世の戴冠式のために作曲したアンセム『司祭ザドク』が、戴冠式の中の重要な儀式である聖別式の間に演奏されるのも定番である。

一方で戴冠式という古風な国家行事に現代音楽と共に新風を吹き込んだのが、イギリスの臨時編成ゴスペル・グループ「アセンション・クワイア」だ。伴奏なしで歌う「アレルヤ」は、実に清々しく響き渡った。戴冠式という国家行事にあえて黒人グループを起用するのが、かつてアフリカ諸国を支配したイギリスの新たなアプローチであるならば、歴史は正しい方向に進んでいるのかもしれない。

プリティ・イェンデ
Photo: Graff

そしてアフリカからもう1人のハイライトは、アパルトヘイト(人種差別政策)時代の南アフリカに生まれ育ったソプラノのプリティ・イェンデだ。イギリスの現代作曲家サラ・クラスの新作「セイクレット・ファイアー(聖なる炎)」を、華麗な黄色のドレスに負けない晴れやかな魅惑の声で歌い、「おそらく」聴衆を圧巻させた。「おそらく」と書いたのは、あくまでもこの日は式典であってコンサートではないのだから、拍手もブラヴォーもなく、感情を露わにすることはできないからである!

秋島百合子 ロンドン在住ジャーナリスト

アントニオ・パッパーノ指揮により戴冠式で歌うプリティ・イェンデはYoutubeでご覧いただけます。
https://youtu.be/Ar7HGBg5o3k
*courtesy of BBC(youtube)