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『ニヴァガシオン』 <br>Photo: BBL- Gregory Batardon

2024/01/24(水)Vol.486

モーリス・ベジャール・バレエ団現地レポート
映像とコラボ、自身も出演したジル・ロマンの新作
2024/01/24(水)
2024年01月24日号
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バレエ

『ニヴァガシオン』
Photo: BBL- Gregory Batardon

モーリス・ベジャール・バレエ団現地レポート
映像とコラボ、自身も出演したジル・ロマンの新作

今秋来日予定のモーリス・ベジャール・バレエ団の12月ローザンヌ公演で、芸術監督のジル・ロマンが新作『ニヴァガシオン』を発表。巨大スクリーンを使った映像作家とのコラボレーションで、自身も出演してステージ上での存在感を示しました。モーリス・ベジャールの2作と併せて上演されたこの作品を、ライターの小田島久恵さんがレポート!

カンパニーに復帰したシャコンと、ベテランのファヴローとロスが活躍した二つのベジャール作品

モーリス・ベジャール・バレエ団の本拠地ローザンヌでの恒例の12月公演は、美しく改装されたボーリュー劇場で行われ、前半にベジャール作品が2作、後半にジル・ロマンの新作『ニヴァガシオン』が上演された。初日の会場には、ジョルジュ・ドンの在籍時からバレエ団の公演を見続けてきたというご高齢の「伝説のお客様」や、かつてカンパニーで踊っていたダンサー、今やローザンヌのバレエ文化における重要人物となったキャスリーン・ブラッドネイ氏の姿も。劇場はほぼ満席で、現地でのカンパニーの人気がうかがえた。
ストラヴィンスキーの音楽による『ヴァイオリン協奏曲ニ調』(『Concerto en ré』)は1982年に20世紀バレエ団がブリュッセルで初演した作品。10人の女性群舞と二人の男性、一組の男女カップルが、バランシン風の緊張感に溢れた振付を踊る。女性ダンサーたちは清楚なレオタード姿で、主役カップルの一人のソレーヌ・ブレルは理想的なクラシックのバレリーナのプロポーションをしている。ポジションが正確で、どのバランスもポーズも美しい。相手役は、2022年にカンパニーに復帰したオスカー・シャコンで、二人の踊りには秘められたドラマ性があり、悲劇的な影も感じられた。ストラヴィンスキーの無機質で拍をとるのが難しい音楽に合わせながら、次々とめまぐるしく表情を変えていく。群舞も端正で、ベジャール作品の中でも最もクラシック・バレエの基礎的な動きが強調された作品という印象。バランシン作品と異なるのは、フィナーレの作り方だ。最終楽章はベジャールならではで、ダンサーが一斉に横並びになって、自由で解放された踊りを踊る。それまでの規律に従っていたダンスがたちまち躍動感を放ち、祝祭的なエンディングに向かっていく様子は、観ていてとても興奮するものだった。二日目のカップルも良かったが、オスカーの復活とソレーヌの健闘で、より強い印象を残した初日だった。

『ヴァイオリン協奏曲ニ調』
Photo: BBL-Gregory Batardon

前半二作目は、『二人のためのアダージオ』。1986年に初演された『マルロー、あるいは神々の変貌』のワンシーンで、カンパニーに30年近く在籍するプリンシパルのジュリアン・ファヴローとエリザベット・ロスのベテランカップルが、ベートーヴェンの音楽に合わせて、粋で大人のかけひきを思わせるパ・ド・ドゥを踊った。タバコの火をつけたり消したりという細かい所作にもニュアンスが感じられ、男女がお互いにユーモアセンスをぶつけ合って、ダンスで物語を作り上げている。ロス(1969年生まれ)はそろそろ引退ではないか......と囁かれていたが、姿も踊りのキレも文句のつけようがなく、ステージで見る限り20年前の「ブレルとバルバラ」から何も衰えていない。ジュリアンもますますベジャール・バレエを踊る醍醐味にはまっているようだった。この二人には昔から特別なファンがいるのか、客席から花束が贈られた。

『二人のためのアダージオ』
Photo: BBL-Gregory Batardon

夢と現実の世界、記憶の次元と現在を往来するような、新境地を拓いたステージ

ジル・ロマン振付の『ニヴァガシオン』はジル自身が久々にダンサーとしてセンターに立つことで大きな話題となっていた新作。映像作家であり台本作家でもあるマルク・オローニュがストーリーと映像を担当したが、映像部分のインパクトが大きく、上映時間も長い。ジルは空港で働く「ポール」という男性をスクリーンで演じ、カンパニーのダンサー、ジャスミン・カマロタがペネロープという女性を演じていて、映像に登場する。二人は倦怠期の夫婦にも見える。ジルの面影を宿す少年がスクリーンに映し出され、「ポール」の幼少期の記憶を掘り起こす。教会でのミサ、夜中に見た両親の口論、父の葬儀といった光景が映し出されるが、これはジル自身の人生に起こったことでもあるらしい。映像から飛び出すようにジルは舞台の上で存在感を発揮し、今までのブランクを埋めるような野性的なダンスを踊り始める。この瞬間、客席からも声にならない驚きが聞こえるようだった。男性群舞は邪悪な雰囲気で、「ウイルス」を表現しているらしい。若いダンサーたちの勢いのある踊りは、ふだんからジルが彼らを観察して作り上げたものだという。映像はラスト近くまであり、三次元のジル・ロマンが映像の中に入って踊り始めたり、そこから出てきたりという面白い仕掛けも。夢の世界と現実の世界、記憶の次元と現在を往来しているような感覚にとらわれた。

『ニヴァガシオン』
Photo: BBL-Gregory Batardon

一度照明が落ちて、客席から拍手が沸き起こるが、そこから再び舞台が明るくなり、ジル・ロマンとジャスミン・カマロタのパ・ド・ドゥが始まって、この神妙な踊りがエンディング・シーンなのだと理解する。音楽はマルク・オローニュと弟のジュリアンによるオリジナルで、映像とのコラボという要素も含め、ジル・ロマンの新しい境地を示していた。前半のベジャール作品と類似点がほぼ見当たらない、という点でも、過去に上演されたどのジル振付作品とも違っていた。ヨーロッパで様々な舞踊の潮流が生まれる中で、オリジナルな新作を創ろうという気概があるのだろう。ジル本人のパフォーマンスも含め、いくつもの驚きがある新作だった。

『ニヴァガシオン』
Photo: BBL-Jean-Guy Python

取材・文 小田島久恵 フリーライター