今秋10月、『ザ・カブキ』が 国内では6年ぶりに公演されます。1986年の初演以来、日本国内より海外公演での上演回数が多いのは実に珍しい現象ともいえるでしょう。創立60周年記念シリーズ後半のトップを飾る『ザ・カブキ』について、舞踊評論家の海野敏さんに、あらためてその魅力をご紹介いただきます。
『ザ・カブキ』は、ボーダーレスな芸術の力を信じるすべての人が観るべき作品である。『仮名手本忠臣蔵』を元にしたバレエと聞いて、どのような舞台を思い浮かべるだろうか。もしもまだ観たことがなければ、決して事前に想像できない、期待以上に面白い舞台が観られることを保証する。
では、なぜそれほど面白いのか。歌舞伎の様式をバレエへ溶融させ、舞台芸術の新しいゾーンを提示するという離れ業に成功しているからである。しかもそこには巨匠モーリス・ベジャールの作品である証しが鮮明に刻印されている。以下、①物語、②振付、③演出、④音楽の魅力を紹介しよう。
プロローグ「現代の東京」
Photo: Kiyonori Hasegawa
物語の冒頭は現代東京の風景。新宿か渋谷あたりの街角にたむろする若者たちが描かれ、主人公の若者が一本の妖刀に導かれて忠臣蔵の世界に迷い込む。今でこそコミックやドラマでお馴染みのタイムスリップだが、40年近く前に歌舞伎のバレエ化にあたってSF的な設定を用いたのは、ベジャールならではの発想力だ。
その後の展開は、兜改め、殿中松の間、山崎街道、勘平切腹、祇園一力茶屋、討ち入りと、『仮名手本忠臣蔵』の名場面をピックアップしてテンポよく進む。塩冶判官が死後に亡霊として現れる『ハムレット』のようなエピソードや、おかる・勘平と現代のおかる・勘平の4人を同時に登場させ、時代を二重写しにするストーリーテリングもベジャールらしい。
つぎに振付がユニークで見飽きない。たしかにダンサーたちはゆるぎないクラシックバレエのテクニックを使って踊っている。女性たちはトウシューズを履いてつま先立ちで踊り、男性たちは力強い跳躍と回転を繰り返す。東京バレエ団のダンサーたちの技量は安定しており、世界的にもトップレベルだ。
それにもかかわらず、振付に歌舞伎の所作を徹底的に取り込んでいるのが凄い。例えば、つま先をあげてかかとを滑らせる「すり足」、男性が「股を割る」姿勢、女性が「腰を入れる」姿勢は、作品を通して頻出する。「胡坐」や「正座」の姿勢、右手を水平に伸ばして左足を大きく踏み出す「元禄見得」のポーズ、手足の動きを誇張した「六方」の歩き方などもアレンジされてちりばめられている。
高師直(左)と、定九郎(右) 定九郎は歌舞伎の「六方」の歩き方を取り入れた。
Photos: Kiyonori Hasegawa
バレエと歌舞伎を接合した独特の動きも多い。例えばクラシックバレエでは空中に上げたつま先を常に真っ直ぐ伸ばさなければならないが、この作品では、足首を曲げてフレックスにするアティテュードを多用している。第三場「殿中松の間」では、師直が空中に上げた足をフレックスにしたフェッテ・トゥールで連続回転をして、判官を挑発する場面が実に面白い。
初演時、ベジャールが振付をする現場には、日本舞踊の花柳壽應(当時・芳次郎)がずっと立ち会ってアドバイスをしたそうだ。貴重なコラボレーションである。
演出にも、たっぷりと歌舞伎の様式を取り入れている。例えば、舞台上で「黒衣」がダンサーの着替えを手伝い、場面転換で黒・橙・緑の「定式幕」を引き、幕を切って落とす「振り落とし」も使っている。ポルトガルのデザイナー、ヌーノ・コルテ=レアルの衣裳も巧妙で、トレーナーの上に肩衣を着け、レオタードの上に打掛を羽織り、和服のデザインに見せながらベジャールの振付を妨げない衣裳が効果的だ。
第一場「兜改め」 歌舞伎の黒衣が顔世御前の打掛のさばきを担う
Photo: Kiyonori Hasegawa
一方、バレエ的な演出としては、主人公のソロ、パ・ド・ドゥ、ソリストのヴァリエーションがしっかり配置されている。第五場の幕切れ、由良之助の長いソロは主人公の大きな見せ場。第八場では、顔世と由良之助のパ・ド・ドゥが悲哀を帯びて美しい。討ち入りの段には、仲間に囲まれて浪士が一人ずつヴァリエーションを踊る場面を設けている。
「雪の別れ」 由良之助と顔世御前のパ・ド・ドゥ。
Photo: Kiyonori Hasegawa
そして、黛敏郎が担当した音楽があって初めて歌舞伎とバレエの化学変化が完成していることは間違いない。プロローグではやや軽薄な印象の電子音をあえて使い、その後の場面は義太夫の語りと、歌舞伎で使われる和楽器による演奏と唄でダンサーが踊り、場面転換で柝が打ち鳴らされる。由良之助のソロ、顔世と由良之助のパ・ド・ドゥ、四十七士が集結するクライマックスなどでは黛作曲の重厚な管弦楽が鳴り響き、最終場面には彼の『涅槃交響曲』終楽章を使用。日本と西洋、過去と現代を多様な音楽が包み込んでまとめ上げている。
花柳壽應のインタビューによると、初演時、ベジャールの振付現場には黛も同席しており、黛はベジャールの求めに応じてピアノを弾きながら一部を作曲したそうだ。『ザ・カブキ』は日本文化を愛して深く理解したベジャールが、日本のトップアーティストたちと共に作り上げた作品なのである。
『ザ・カブキ』は欧州各地の公演でセンセーションを巻き起こし、東京バレエ団の世界的な知名度を大きくアップさせた。パリ・オペラ座が他国のカンパニーの上演に積極的になったのも、同団の1986年の上演成功がきっかけだったと言われている。すでに海外で130回以上、日本で70回以上の公演を重ねているが、今回は6年ぶりの上演。こんなに面白いスペクタクルを見逃す手はなかろう。
海野 敏(東洋大学教授・舞踊評論家)
10月12日(土)14:00
10月13日(日)14:00
10月14日(月・祝)13:00
会場:東京文化会館(上野)
※音楽は特別録音による音源を使用します。
S=¥14,500 A=¥12,000 B=¥9,000
C=¥7,000 D=¥5,000 E=¥3,000
U25シート=¥2,000
*ペア割引[S,A,B席]あり
*親子割引[S,A,B席]あり
[予定される主な出演者]
由良之助:柄本 弾(10/12)、秋元 康臣[ゲスト](10/13)、宮川 新大(10/14)
顔世御前:上野 水香[ゲスト・プリンシパル](10/12)、榊 優美枝(10/13)、 金子 仁美(10/14)
おかる:沖 香菜子(10/12)、足立 真里亜(10/13)、秋山 瑛(10/14)
勘平:池本 祥真(10/12)、樋口 祐輝(10/13)、大塚 卓(10/14)
10月18日(金)18:30
会場:高槻城公園芸術文化劇場 南館 トリシマホール
[予定される主な出演者]
由良之助:柄本 弾
顔世御前:上野 水香[ゲスト・プリンシパル](10/12)
おかる:沖 香菜子
勘平:池本 祥真
S=¥12,000 A=¥10,000 B=¥8,000
C=¥5,000