2024/08/21(水)Vol.500
2024/08/21(水) | |
2024年08月21日号 | |
TOPニュース バレエ |
|
シュツットガルト・バレエ団バレエ |
第2幕、タチヤーナの名の日の祝い
Photo: Novitzky/Stuttgart Ballet
11月に行われる6年ぶりのシュツットガルト・バレエ団日本公演では、時代を超えて輝く名作2作がプログラム。先日の記者会見で、フリーデマン・フォーゲルが「バレエ団のDNAを受け継ぐ2作品」と語った『椿姫』と『オネーギン』です。
今号では、同バレエ団創設者のクランコの傑作『オネーギン』について、古典バレエ研究家の赤尾雄人さんに、その魅力を4つのキーワードでご紹介いただきます。
バレエ『オネーギン』はロシアの国民詩人アレクサンドル・プーシキンが書いた韻文小説『エヴゲニー・オネーギン』をもとに、ジョン・クランコが創作したドラマティック・バレエの最高傑作です。
バレエの幕が開くと、舞台の前面に掛けられた紗幕に主人公のイニシャル「E.O.」が大きく浮かび上がり、その周りを"Quand je n'ai pas d'honneur, il n'existe plus d'honneur."(私に名誉がないのならば、もはや名誉などは存在しない)というフランス語が囲んでいます。このフレーズはプーシキンの原作にはなく、クランコが考えて美術のユルゲン・ローゼが描いたと言われていますが、この紗幕が全3幕を通じて、幕開きと場面転換の際に呈示されることにより、主人公の座右の銘であるかのような印象を与えます。すなわち、主人公は名誉を重んじ、名誉とともに滅びるような高潔な人物であることを示しています。
第3幕オープニングのポロネーズ
Photo: Kiyonori Hasegawa
しかし第1幕で、傍にいるタチヤーナのことなど忘れたかのように物思いに耽って踊るオネーギンのヴァリアシオンは、何ものかに足を取られて身動きが取れないようにも見えます。これは高邁な志操を持ちながらも才能を発揮できず、無為な生活を送っている19世紀ロシアの知識人の憂愁を感じさせます。
プーシキンは原作の小説を1823年から8年間にわたって断続的に執筆しましたが、この間に作者の共感は屈折した知識人オネーギンから純朴で貞淑なロシア女性タチヤーナに移ってゆきました。
クランコもこのヒロインに特別な視線を注いでいます。バレエ『オネーギン』は1965年に初演されましたが、標題役を演じたレイ・バラは当時35歳で技術的に難しい踊りが困難だったため、クランコはもっぱらタチヤーナ役のマリシア・ハイデのために『オネーギン』を振付けました(67年改訂)。
タチヤーナは読書好きの物静かな娘ですが、クランコはハイデに「君はたった今、自分の足で立ち上がったばかりの、まだ歩き方が良く分からない仔馬なんだ」といった比喩を語りながら振付を進めてゆきました。実際、第1幕第1場におけるタチヤーナは引っ込み思案でおどおどした少女に見えますが、この繊細な少女がオネーギンと出会い初めて恋をしたことから、彼女のロマンティックで秘められた情熱的な性格が表れ出ます。第1幕終盤のいわゆる「鏡のパ・ド・ドゥ」では、オネーギンが片腕でタチヤーナを高々と持ち上げるアクロバティックなリフトが、ヒロインの胸の高鳴りを巧みに表現しています。
第1幕、タチヤーナとオネーギンのパ・ド・ドゥ
Photo: Stuttgart Ballet
タチヤーナとオネーギンのパ・ド・ドゥは3年毎に開催される世界バレエフェスティバルでも頻繁に上演されています。すでに第1回公演(1976)のときに第3幕のパ・ド・ドゥが演じられ、第4回と第5回公演(1985、88)では初演者のハイデがリチャード・クラガンと組んで、それぞれ第1幕と第3幕のパ・ド・ドゥを踊りました。第11回(2006)以降はフェスティバルの定番演目として、両者が交互に演じられています。
第3幕、タチヤーナとオネーギンのパ・ド・ドゥ
Photo: Stuttgart Ballet
では『オネーギン』のパ・ド・ドゥの何が観客の心を惹きつけて止まないのでしょうか?
第1幕の「鏡のパ・ド・ドゥ」では、タチヤーナの夢の中の妄想とは言え、彼女とオネーギンの愛の語らいが高度なテクニックによって表現されています。いっぽう、第3幕のパ・ド・ドゥでは、過ぎ去った愛を取り戻そうと懇願するオネーギンと、もはや彼を受け入れることができず背を向けるタチヤーナの「不和のデュエット」が、二人の相容れない愛を痛切に描いています。いずれも全幕の一部であるパ・ド・ドゥを観るだけで、バレエ全体の演劇性を味わうことができます。このあたりが『オネーギン』のパ・ド・ドゥがコンサート・プログラムとして高く評価される所以でしょう。
『白鳥の湖』や『眠れる森の美女』などの古典バレエでは、主役2人が踊るパ・ド・ドゥのほかに、各国の民族舞踊や童話のキャラクターの踊りのような物語に直接関係のない余興の演目(ディヴェルティスマン)が踊られます。『オネーギン』でもマズルカやポロネーズといった19世紀ロシアの社交界で流行した民族舞踊が踊られていますが、クランコの群舞の演出は独特です。
第2幕のマズルカはタチヤーナのお祝いに集まった客人たちによって踊られますが、その日、タチヤーナはオネーギンに失恋してしまいます。この哀しい場面が陽気なマズルカの合間に演じられるため、タチヤーナにとっていっそう残酷に響きます。ここでは群舞がヒロインの悲痛な心を増幅しているのです。
いっぽう、第1幕で若者たちが踊る輪舞(ホロヴォード)や第3幕のポロネーズは古典バレエにありがちな左右対称の整った構図を意識的に崩しており、そこでは群舞は万華鏡のように離散しては融合し、壮麗なクライマックスになだれ込みます。
第1幕、若者たちの踊り
Photo: Kiyonori Hasegawa
クランコは各幕にダイナミックな群舞を配し、農村の自然や都市の社交界を活写して、「19世紀ロシア社会の百科全書」と賞賛された『オネーギン』の世界を見事に舞踊化しています。
赤尾雄人 古典バレエ研究
11月2日(土)14:00
11月3日(日・祝)14:00
11月4日(月・休)14:00
会場:東京文化会館(上野)
演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
11月8日(金)18:30
11月9日(土)14:00
11月10日(日)14:00
会場:東京文化会館(上野)
演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
[予定される出演者]
『オネーギン』
オネーギン:フリーデマン・フォーゲル(11/2)、 ジェイソン・レイリー(11/3)、 マルティ・パイシャ(11/4)
タチヤーナ:エリサ・バデネス(11/2)、 アンナ・オサチェンコ(11/3)、 ロシオ・アレマン(11/4)
オリガ:マッケンジー・ブラウン(11/2)、 ディアナ・イオネスク(11/3)、 ヴェロニカ・ヴェルテリッチ(11/4)
レンスキー:ガブリエル・フィゲレド(11/2)、 アドナイ・ソアレス・ダ・シルヴァ(11/3)、 ヘンリック・エリクソン(11/4)
グレーミン公爵:ロマン・ノヴィツキー(11/2)、ファビオ・アドリシオ(11/3)、クリーメンス・フルーリッヒ(11/4)
[予定される出演者]
『椿姫』
マルグリット:エリサ・バデネス(11/8)、 アンナ・オサチェンコ(11/9)、 ロシオ・アレマン(11/10)
アルマン:フリーデマン・フォーゲル(11/8)、 デヴィッド・ムーア(11/9)、 マルティ・パイシャ(11/10)
マノン:アグネス・スー(11/8、11/10)、 ヴェロニカ・ヴェルテリッチ(11/9)
デ・グリュー:マッテオ・ミッチーニ(11/8、11/10)、 ガブリエル・フィゲレド(11/9)
プリュダンス:マッケンジー・ブラウン(11/8、11/10)、ダイアナ・ルイズ(11/9)
S=¥26,000 A=¥22,000 B=¥18,000
C=¥15,000 D=¥12,000 E=¥9,000
U25シート=¥5,000