2024/09/04(水)Vol.501
2024/09/04(水) | |
2024年09月04日号 | |
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シュツットガルト・バレエ団バレエ |
第1幕 マルグリットとアルマンによる“紫のパ・ド・ドゥ”
Photo: Stuttgart Ballet
今秋11月のシュツットガルト・バレエ団日本公演を前に、上演作品の魅力をご紹介! 前号の『オネーギン』に続き、今号では舞踊評論家の新藤弘子さんに4つのコラムでご紹介いただきます。
ジョン・ノイマイヤー振付『椿姫』誕生のきっかけは、シュツットガルト・バレエ団の芸術監督に就任して間もないマリシア・ハイデが、ノイマイヤーに新作を依頼したことだった。デュマ・フィスの原作小説の香りをたたえ、全編を彩るショパンの音楽とともに深く愛されるバレエ『椿姫』を読み解く鍵を、いくつかの観点から探してみたい。
バレエの冒頭、主人公のマルグリットはすでに故人となっている。主人なき部屋で競売にかけられる遺品を眺める人々の中に、マルグリットの忠実な侍女だったナニーヌと、マルグリットの恋人アルマンの父親ムッシュー・デュヴァルの姿もある。そこへアルマンが切迫した様子で現れ、気を失って倒れ込む。デュヴァル氏に助け起こされ、見覚えのあるドレスに触れたアルマンの胸に、愛する人との思い出がよみがえる。静寂に包まれていた舞台を、奔流のように音楽が満たしてゆく。
プロローグより
Photo: Roman Novitzky/Stuttgart Ballet
ノイマイヤーは、この作品を19世紀のバレエのようにではなく、映画的な構想で作りたいと考えていた。物語に過去の場面を組み入れるフラッシュバックの手法が各所で効果的に使われるが、その筆頭がプロローグ。無機的なオークションの場面(現在)からアルマンの回想の中(過去)へ、観客を一気に引き込む手腕は鮮やかそのもの。1986年にハイデとイヴァン・リスカを主役に撮られた映像も、クローズ・アップで捉えたダンサーの表情など、舞台映像とは異なる映画的な魅力に満ちている。
ノイマイヤーはデュマの原作小説がさまざまな人物の観点から多層的に構築されていることに注目し、バレエに反映させた。第1幕から第2幕にかけてはアルマンの回想に沿って物語が進み、2人の出会いと愛の告白、田園の別荘で見出した幸福などが生き生きと描写される。第2幕の半ばに挿入されるのがデュヴァル氏の視点。息子の回想に耳を傾けた彼は、自分が息子の将来を思ってマルグリットに身を引くよう求めたことを、後悔とともに振り返る。マルグリットがアルマンの前から姿を消す第2幕の終わりから第3幕にかけては、再びアルマンの視点で、彼女の"裏切り"への絶望から残酷な仕打ちをしたことが物語られる。
第2幕 マルグリットとムッシュー・デュヴァル
Photo: Roman Novitzky/Stuttgart Ballet
最後の視点はマルグリット。ナニーヌがアルマンに手渡した日記には、彼もデュヴァル氏も知らない、別離の後の彼女の真実が書き込まれていた。『マノン』を観るために病をおして劇場へ行ったマルグリットは、恋人デ・グリューの腕の中で死んでゆくマノンと自分を重ね合わせる。自室に戻った彼女は孤独の中で熱にうかされながら、アルマンとの再会を待ち望む思いを日記に綴り、ナニーヌに託して事切れる。読み終えたアルマンは、声もなく日記を閉じる。
バレエの見せ場となるのが、主役の踊る3つのパ・ド・ドゥだ。第1幕、アルマンはマルグリットの部屋で、彼女への憧れを告白する。情熱を隠すことなく自分の前に身を投げ出すアルマンに、マルグリットは驚きながらも心動かされる。第2幕、パトロンである侯爵の別荘で過ごしていたマルグリットは、自分が真にアルマンを愛していることに気づき、侯爵や友人たちの前でそれを認める。その後、2人だけで踊られるパ・ド・ドゥは柔らかな幸福感に満ちている。最後は第3幕。マルグリットが自分を捨てたと思い込んだアルマンは、当て付けに若い娼婦オランプとの親密な様子を彼女に見せつける。マルグリットはアルマンを訪ね、そんな仕打ちをやめるよう哀願するが、彼の心は解けない。すれ違ったまま、激しい情熱に押し流される2人の踊りが痛ましく胸を打つ。
第2幕 マルグリットとアルマンによる"白のパ・ド・ドゥ"
Photo: Roman Novitzky/Stuttgart Ballet
マルグリットの衣裳の色から、それぞれ紫、白、黒のパ・ド・ドゥとも呼ばれる名場面。移りゆく愛の形を振付で的確に表現しながら、繊細な動きや表情で心の綾を引き出す見事さは比類ない。原作のハイライトでもある「黒」の場面はヴェルディのオペラには描かれておらず、バレエ『椿姫』の魅力を決定づける踊りとなっている。
第3幕 マルグリットとアルマンによる、"黒のパ・ド・ドゥ"
Photo: Roman Novitzky/Stuttgart Ballet
『椿姫』には、2組の恋人たちが登場する。ひと組はマルグリットとアルマン、もうひと組は影のように彼らに付きまとうマノンとデ・グリューだ。彼らは『椿姫』のほぼ1世紀前に書かれた小説の主人公だが、マノンと純情なデ・グリューの物語は『椿姫』に重なるものがある。第1幕ではマルグリットたちが観るバレエの登場人物として、いかにも役者めいた濃い化粧と身振りで現れるが、第2幕でデュヴァル氏の訪問を受けたマルグリットの思いの中に現れるマノンは、享楽的な暮らしを送っていた自身の鏡像のように、マルグリットの心をかき乱す。第3幕で、アルマンとの最後の逢瀬からマルグリットを引き離すのも彼らの幻だ。終盤、死期が迫った彼女が再び劇場で観るマノンとデ・グリューは、打ち捨てられてなおアルマンを愛し続ける彼女を惹きつけ、やがてひとつに溶け合ってゆく。恋人の腕に抱かれて死ぬマノンと、アルマンとの再会を望みながら1人で息を引き取るマルグリットの対比が哀しみをそそる。
第3幕 死の淵にいるマルグリットの脳裏に、マノンとデ・グリューの幻想が現れる。
Photo: Roman Novitzky/Stuttgart Ballet
原作小説にはアルマンがマルグリットに贈った「マノン・レスコー」の本が登場し、デュマ・フィスがこの物語を意識して『椿姫』を書いたことがわかる。ノイマイヤーはこの着想をバレエの中で最大限に生かし、複雑で奥深い愛の物語を浮かび上がらせている。
新藤 弘子 舞踊評論家
11月2日(土)14:00
11月3日(日・祝)14:00
11月4日(月・休)14:00
会場:東京文化会館(上野)
演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
11月8日(金)18:30
11月9日(土)14:00
11月10日(日)14:00
会場:東京文化会館(上野)
演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
[予定される出演者]
『オネーギン』
オネーギン:フリーデマン・フォーゲル(11/2)、 ジェイソン・レイリー(11/3)、 マルティ・パイシャ(11/4)
タチヤーナ:エリサ・バデネス(11/2)、 アンナ・オサチェンコ(11/3)、 ロシオ・アレマン(11/4)
オリガ:マッケンジー・ブラウン(11/2)、 ディアナ・イオネスク(11/3)、 ヴェロニカ・ヴェルテリッチ(11/4)
レンスキー:ガブリエル・フィゲレド(11/2)、 アドナイ・ソアレス・ダ・シルヴァ(11/3)、 ヘンリック・エリクソン(11/4)
グレーミン公爵:ロマン・ノヴィツキー(11/2)、ファビオ・アドリシオ(11/3)、クリーメンス・フルーリッヒ(11/4)
[予定される出演者]
『椿姫』
マルグリット:エリサ・バデネス(11/8)、 アンナ・オサチェンコ(11/9)、 ロシオ・アレマン(11/10)
アルマン:フリーデマン・フォーゲル(11/8)、 デヴィッド・ムーア(11/9)、 マルティ・パイシャ(11/10)
マノン:アグネス・スー(11/8、11/10)、 ヴェロニカ・ヴェルテリッチ(11/9)
デ・グリュー:マッテオ・ミッチーニ(11/8、11/10)、 ガブリエル・フィゲレド(11/9)
プリュダンス:マッケンジー・ブラウン(11/8、11/10)、ダイアナ・ルイズ(11/9)
S=¥26,000 A=¥22,000 B=¥18,000
C=¥15,000 D=¥12,000 E=¥9,000
U25シート=¥5,000