20世紀の巨匠振付家モーリス・ベジャールが歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」をもとに東京バレエ団のために創作した「ザ・カブキ」。
弱冠20歳で主役の由良之助に抜擢されて以来、作品と向き合ってきた柄本弾が、世界を感動させてきた"和の魂をもつバレエ"への思いを語ります。
――東京バレエ団にとって重要なレパートリーの一つである『ザ・カブキ』ですが、2010年に初めて由良之助を演じた時のことを教えてください。
柄本:東京バレエ団での最初の主演は同じ2010年の『ラ・シルフィード』のジェイムズ役ではありますが、続く『ザ・カブキ』は稽古期間が重なっていたこともあり、自分の中ではほぼ"初めての主演作品"という位置づけです。何しろまだ20歳。こんなに大きなバレエ団で、他のほとんどの出演者が先輩という中で主役をつとめるプレッシャーは半端なものではありませんでした。由良之助を経験されている高岸直樹さんが毎日、朝から晩までつきっきりで指導してくださって、ようやく初日を迎えたことを覚えています。
――『ザ・カブキ』は現代を生きる青年が"忠臣蔵"の世界に迷い込んで由良之助となり、主君の仇討ちを果たす物語です。
柄本:"忠臣蔵"を現代の青年の立場から描いているのがストーリー的に面白いですよね。僕が演じる由良之助は、最初は時空を超えてしまったことに気づいていないんです。周りの人物とのすれ違いに戸惑いを感じながら時を重ねていく中で、何かに引っ張られるように武士になっていく。その"何か"を表現するのが難しいのですが。
――ベジャール氏ならではの視点や振付、演出をどう捉えていますか?
柄本:武士道や仇討ちは日本独特のものですが、ベジャールさんは我々日本人以上にその感覚を的確に捉えていらっしゃると思います。海外公演でのお客さまの反響の大きさにも通じることですが、ヨーロッパにも騎士道精神というものがあるので、文化は違っても根底には通じ合えるものが流れているのかもしれません。また、振付や演出には、和の要素がたくさん取り入れられています。すり足や重心を低くしての動きはクラシック・バレエにはないものなので、今回も筋肉痛は覚悟しています(笑)。リハーサルが始まって踊り込んでいくと徐々に体が変わっていくのは面白いですよ。
――舞台では、第一幕の「山崎街道」の場の終盤での7分半にわたる"決意のヴァリエーション"が大きな見せ場の一つです。
柄本:物語の中で現代の青年が、ここが別世界で自分が由良之助であることに徐々に気づいていくわけですが、この"決意のヴァリエーション"で完全に由良之助という武士になり、仇討ちを決意します。体力的には大変な場面ですが、第四場の「判官切腹」や、第六場の「山崎街道」で討ち入りを前に切腹して死んでいった勘平の手を取り血判状に判を押す場面からずっと繋がっている心の動きを感じていただけたらと思います。
――続く第二幕での見どころも教えてください。
柄本:第八場の「雪の別れ」では主君の奥方である顔世との邂逅があり、討ち入りが促されます。いくら主君の仇とはいえ、あの時代に討ち入りは禁じられていたわけですし、成功しても自分の命は終わる。由良之助は芯の通ったキャラクターではありますが、心の迷いはあったはずで、その戸惑いや迷いを表現したいと思っています。
第八場の「雪の別れ」より、由良之助と顔世御前
Photo: Kiyonori Hasegawa
続く「討ち入り」の場面では、もう迷いはありません。四十七人のそれぞれに人生があって、不安や葛藤、様々な思いを抱えての集大成の討ち入りです。よく団長の斎藤友佳理さんがおっしゃるのですが、すべてのダンサーが役を生きてこそ作品に厚みが出ます。その思いを若いダンサーにも大切にしてもらえたらと思っています。演出的にも、あれだけの人数が舞台上に揃う男性だけの群舞はなかなかないので、いつも踊っていて鳥肌が立ちますね。
第九場の「討ち入り」
Photo: Kiyonori Hasegawa
――『ザ・カブキ』では由良之助に加えて、敵役の高師直も演じてきました。
柄本:師直は、個人的に好きな役です。他の作品でも主役と悪役の両方をやらせていただくことはありますが、『白鳥の湖』の王子とロットバルト、『ロミオとジュエリエット』のロミオとティボルト、そして『ザ・カブキ』の由良之助と師直と、両極のポジションをやるからこそ見えてくるものがあると思っています。お客さまにとっては悪役が悪い奴であるほど相手役が良く見えますし、ストーリーを伝え、楽しんでいただくためにも、師直が歩んできた人生までを短い出番の中で感じていただけたらいいですね。
――"ハタチの由良之助"として初めて『ザ・カブキ』に挑んでから約15年、現在の柄本さんはバレエ団を率いる立場に成長されました。
柄本:由良之助役として最初に『ザ・カブキ』に出演した時に直樹さんに「周りのダンサーを背中で引っ張って行け」と言われました。実際に直樹さんご自身も、まさにそういうタイプの先輩でしたし、必死になって頑張りましたが、正直、当時は周囲にまで気を向ける余裕はなかったと思います。今は芸術スタッフとしてダンサーを率いる立場になり、気がつけば由良之助に近いポジションなのかもしれません。ダンサーは一人ひとり性格も違いますし、どうすればテンションが上がるかも違います。一つの作品をより良いものにしていくには、背中で引っ張っていくことに加えて、背中を押して共に進むことも必要だと考えています。
「討ち入り」の由良之助のヴァリエーション
Photo: Kiyonori Hasegawa
――最後に、柄本さんにとっての『ザ・カブキ』とは?
柄本:ベジャール作品はどの演目でも、舞台上で自分を"出しきる"ことで見えてくるものがあるのですが、『ザ・カブキ』の由良之助をはじめとする浪士たちは、まさに主君の敵討という目的に向かってつき進み、討ち入りを"やりきる"役です。ダンサーとして "自分を出しきる"ことと、役として"やりきる"こと。二つが一つになって、メンタル的に充足感が得られるのが、僕にとっての『ザ・カブキ』の魅力です。
取材・文:清水井朋子(ライター)
10月12日(土)14:00
10月13日(日)14:00
10月14日(月・祝)13:00
会場:東京文化会館(上野)
※音楽は特別録音による音源を使用します。
S=¥14,500 A=¥12,000 B=¥9,000
C=¥7,000 D=¥5,000 E=¥3,000
U25シート=¥2,000
*ペア割引[S,A,B席]あり
*親子割引[S,A,B席]あり
[予定される主な出演者]
由良之助:柄本 弾(10/12)、秋元 康臣[ゲスト](10/13)、宮川 新大(10/14)
顔世御前:上野 水香[ゲスト・プリンシパル](10/12)、榊 優美枝(10/13)、 金子 仁美(10/14)
おかる:沖 香菜子(10/12)、足立 真里亜(10/13)、秋山 瑛(10/14)
勘平:池本 祥真(10/12)、樋口 祐輝(10/13)、大塚 卓(10/14)
10月18日(金)18:30
会場:高槻城公園芸術文化劇場 南館 トリシマホール
[予定される主な出演者]
由良之助:柄本 弾
顔世御前:上野 水香[ゲスト・プリンシパル](10/12)
おかる:沖 香菜子
勘平:池本 祥真
S=¥12,000 A=¥10,000 B=¥8,000
C=¥5,000