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2025/01/22(水)Vol.510

オーストラリア・バレエ団芸術監督 
デヴィッド・ホールバーグ インタビュー(前編)
2025/01/22(水)
2025年01月22日号
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オーストラリア・バレエ団芸術監督 
デヴィッド・ホールバーグ インタビュー(前編)

今年15年ぶりに来日するオーストラリア・バレエ団を、芸術監督として3年前から率いているのが、アメリカン・バレエ・シアターやボリショイ・バレエで活躍した世界的アーティストのデヴィッド・ホールバーグ。カンパニーの来日に向けて実施した彼へのインタビューを、2回に分けてお届けします。前編は、来日演目のヌレエフ版『ドン・キホーテ』とカンパニーの歴史との関わりや、あの、シルヴィ・ギエムのリハーサル指導について。

「ヌレエフ版『ドン・キホーテ』は私たちにとってなくてはならないレパートリーなのです」

――2025年5月〜6月、オーストラリア・バレエ団の15年ぶりとなる日本公演が実現します。ルドルフ・ヌレエフ版『ドン・キホーテ』全幕を演目に選ばれた理由を教えてください。

ホールバーグ:ルドルフ・ヌレエフがオーストラリア・バレエ団(以下TAB)で『ドン・キホーテ』を自ら演出し、主演したのは1970年のことでした。映画版が制作され、世界各地で公開されたのは、73年。彼がTABでこの作品を手がけた結果、バレエの中心地から遠く離れた南半球で10年前に誕生したばかりのバレエ団は、一躍、世界に知られる存在になりました。ヌレエフ版『ドン・キホーテ』は、私たちにとって、なくてはならないレパートリーなのです。

オーストラリア・バレエ団ヌレエフ版『ドン・キホーテ』
Photo: Rainee Lantry

――創立60周年を迎えた2023年シーズンの開幕を飾ったのは、このヌレエフ版『ドン・キホーテ』。スタジオ収録だった映画版の衣裳と装置を劇場公演用に新たに製作したそうですね。

ホールバーグ:改めて驚かされたのは、衣裳や美術に用いられた素材の素晴らしさです。ヌレエフの審美眼に裏打ちされています。彼がパリ・オペラ座バレエ団で手がけた『ラ・バヤデール』『くるみ割り人形』『眠れる森の美女』等にも共通することですが、衣裳の生地のクオリティも図柄のクオリティも見事で、舞台装置には選りすぐりの材料が使われている。この『ドン・キホーテ』が、贅沢な美しさに満たされたプロダクションであることを再認識しました。

オーストラリア・バレエ団ヌレエフ版『ドン・キホーテ』
Photo: Rainee Lantry

――ホールバーグさんの目から見た、ヌレエフ版『ドン・キホーテ』の振付の特徴は?

ホールバーグ:エネルギッシュな躍動感に貫かれていることだと思います。さらに、これでもかというくらいに、最高レベルのテクニックが散りばめられています。男性パートの難しさといったら! 彼は男性ダンサーを輝かせることに力を注いでいました。バジルのソロが通常演出より多く、魅惑的だけれど、とにかく難しい。ダンサーのテクニックは、半世紀前の初演時より現在のほうが格段にレベルアップしているのに、あの振付を踊りこなすのは現在のダンサーにとっても至難の技。でも、挑戦しがいがある。私自身、この作品を踊る毎に達成感を感じたものです。

ルドルフ・ヌレエフ

――旧ソビエトのバレエ団で踊り継がれるヴァージョンでは見られない、ヌレエフ版独自の場面があることも印象的です。

ホールバーグ:彼はこういう作品にしたい、という明確なヴィジョンを持っていたのでしょう。『ドン・キホーテ』の第2幕冒頭、風車の前でキトリとバジルが踊るロマンティックなデュエットは、彼のオリジナルだと聞いています。『ロミオとジュリエット』や『くるみ割り人形』等でも、場面構成や役柄の設定に違いがあります。他のダンサーが踊っているのを見ながら、圧倒されてしまうほどです。

――ヌレエフ氏本人と接したことは、ありますか。

ホールバーグ:ヌレエフが他界したのは1993年で、その頃の私は、残念ながら彼が活躍していた世界とはなんの接点もないアメリカの郊外で暮らす少年で、ようやく踊りの楽しさに目覚めようとしていました。バレエを習い始めた後は、もちろん、彼の映像を何度も見ました。なかでも『白鳥の湖』(ウィーン国立歌劇場バレエ団でヌレエフが演出したヴァージョンで、ヌレエフとマーゴ・フォンテインが主演)ですね。第1幕のラストのソロで、彼は4回転のアティテュード・ターンを連続して回るんですよ。衝撃的でした。

「シルヴィは次世代に伝えるべき知識をたっぷり持っている、 指導者としての仕事をオファーされるべき貴重な人材だ、彼女にコーチを頼んでみよう」

――『ドン・キホーテ』を上演するにあたり、シルヴィ・ギエムさんが指導に加わり、現在もゲスト・コーチとして名を連ねています。2015年の大晦日に東京で『ボレロ』を踊って以来、バレエの世界から遠ざかっていた彼女を、なぜ、コーチに指名されたのですか。

ホールバーグ:シルヴィが引退ツアーのの最後の地に選んだのは日本でしたから、日本の皆さんはダンサーとしての彼女の何たるかをよくご存じでしょう。私自身は、シルヴィと共演する機会はありませんでしたが、観客としてパリ・オペラ座や英国ロイヤル・バレエ団で彼女の舞台を何度も観ています。ダンサーを引退した後、バレエの世界から離れていたことも承知していました。それでも、ふと、思ったんです。シルヴィは次世代に伝えるべき知識をたっぷり持っている、指導者としての仕事をオファーされるべき貴重な人材だ、彼女にコーチを頼んでみよう、と。彼女がイエスと答えてくれて、ほんとうに感謝しています。

『ドン・キホーテ』キトリを踊るシルヴィ・ギエム
Photo: Kiyonori Hasegawa

――ギエムさんの指導ぶりは?

ホールバーグ:シルヴィはヌレエフ作品を熟知しています。彼のテクニックを熟知しています。だからといって、ダンサーの踊りを見て、そのダンサーの解釈や表現の仕方が正しい、あるいは間違っているといった判断はくだしません。自分と同じ踊り方をするように求めることもありません。個々のダンサーの個性を見極め、試行錯誤しながら、そのダンサーに最適な表現を一緒に探っていくのが、彼女のやり方です。彼女の指導を通して、そして『ドン・キホーテ』という作品を通して、ダンサーたちが成長していくプロセスを見ることができました。彼女の指導を受けたダンサーたちが、自分ならではの個性を発揮できるアーティストに変貌していったのです。シルヴィはダンサーとして卓越していただけでなく、バレエという芸術を愛する、卓越した指導者であることを実感しました。

――ギエムさんに舞台復帰の意向はないのでしょうか。数多のファンが彼女の踊りをまた観たいと熱望していることと思います。

ホールバーグ:彼女に尋ねたことはありませんが、正直なところ、私も彼女の踊りをぜひまた観たいと熱望しているファンの一人です。

――ホールバーグさんご自身は、いかがですか。『ドン・キホーテ』にはバジルに加えて、個性的な役柄がたくさんありますが......。

ホールバーグ:それらの役にぴったりの団員がいますから、彼らを押しのけてまで私が出演する必要はありません(笑)。私がダンサーのキャリアに終止符を打ったのは4年前、38歳の時でした。引退するには早かったかもしれません。私より年上で見事に踊り続けているダンサーもいます。でも、4年前が私のタイミングでした。自分の内なる声に耳を傾けて、判断しました。今の私の仕事はTABの芸術監督で、この仕事を心から楽しんでいます。

取材・文 上野房子(ダンス評論家)

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オーストラリア・バレエ団2025年日本公演
「ドン・キホーテ」プロローグ付き全3幕

公演日

5月30日(金) 18:30
5月31日(土) 12:30
5月31日(土) 18:30
6月1日(日) 12:00

会場:東京文化会館(上野)

指揮:ジョナサン・ロー
演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

入場料[税込]

S=¥24,000 A=¥21,000 B=¥18,000
C=¥15,000 D=¥12,000 E=¥9,000
U25シート=¥4,000

[予定される主な出演者]
キトリ:近藤 亜香(5/30, 6/1)、 ベネディクト・ベメ(5/31昼)、 ジル・オーガイ(5/31夜)
バジル:チェンウ・グオ(5/30, 6/1)、ジョセフ・ケイリー(5/31昼)、マーカス・モレリ(5/31夜)

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