5月の15年ぶりの来日を控えるオーストラリア・バレエ団の芸術監督デヴィッド・ホールバーグのインタビュー後編をお届けします。自身のキャリアと芸術監督としてどうありたいか、カンパニーとどう向き合っているかなど、充実した様子がうかがわれます。
――アメリカン・バレエ・シアターで踊り、ボリショイ・バレエにも在籍、英国ロイヤル・バレエ団、パリ・オペラ座バレエ団など世界各地で踊っていたホールバーグさんは、なぜ、オーストラリア・バレエ団(以下、TAB)の芸術監督に就任されたのでしょうか。
ホールバーグ:オーストラリアとの縁を感じていました。TABに客演しただけでなく、足の手術後のリハビリを受けたのもオーストラリアでした。2回も手術を受けたのに思うように回復せず、最後の望みをかけて、TABの〈アーティスティック・ヘルス・チーム〉の力を借りました。TABのスペシャリストたちは世界一です。彼らのおかげで舞台復帰できました。次期芸術監督候補として打診された時、オファーを受けるのはごく自然なことだと思えました。
――2021年に芸術監督に就任した時の目標は?
ホールバーグ:まず考えたのは、個々のダンサーのキャリアを充実させることです。TABは自分たちの任務に全力を尽くすバレエ団です。彼らの努力が実を結び、個々のダンサーが達成感を感じられることを最優先の目標に掲げ、指導体制をさらに充実させ、レパートリーを充実させることに取り組みました。バレエ界にありがちな古臭い思考経路も一掃しようと考えていました。芸術監督の言うことが絶対的だなんて、現代のバレエ団にはそぐわない。ダンサーと分け隔てなくコミュニケーションを取り、率直に会話をすることを心がけています。前任者が独断的だった、という意味ではありませんよ。20年にわたり芸術監督を務めたデヴィッド・マッカリスターは私の良き友人であり、私の良き相談相手でもあります。
――ホールバーグさんのダンサーとしての多彩なキャリアは、芸術監督としての仕事にどのように影響していますか。
ホールバーグ:前任のデヴィッドは海外で踊る機会も多かったけれど、主にオーストラリアでキャリアを歩んだダンサーでした。私は対照的に色々なバレエ団で踊っていましたから、デヴィッドとはまた違う経験をダンサーに伝えることができます。たとえば、最高のパフォーマンスを引き出すために、自分のボディをどう使うのか、といった技術面のアドバイスです。バレエ団によってアプローチの仕方が微妙に違いますから、自分の経験を踏まえて、そのダンサーに合ったアドバイスをしています。
――TABのゲスト・コーチであるシルヴィ・ギエムさんの存在も、ダンサーに良い刺激をもたらしているのでは?
ホールバーグ:私は自分自身で考えるダンサーをリスペクトしています。シルヴィは、まさに自分で決断をくだしながらキャリアを築いたダンサーでした。TABのダンサーたちには、私の指示を待つ受け身の存在にならないで欲しい。確固たる自分を持ち、自分ならではの考えを持って欲しい。技術面以上に私が重視していることです。私は彼らを支配するボスではありません。ダンサーたちと"共に"仕事をしたいのです。もちろんバレエ団にはリーダーが必要で、芸術監督にはダンサーの可能性を最大限に伸ばす責任があります。ダンサーが舞台で全てを出し切った姿を目の当たりにした時、感動のあまり涙がこみあげてくることが......実は涙もろい監督なのかもしれません(笑)。
――年間150〜160回に及ぶ公演のレパートリーを選ぶ際、どのようなことを考慮されていますか。
ホールバーグ:古典バレエと現代的な作品を、バランスよく配分するようにしています。観客の多くは、シーズンの各演目を見るサブスクリプション(通し切符)を買って、TABを何年も観続けている固定客です。古典バレエはそういった観客のお気に入りの演目です。今シーズンは、ジョン・ノイマイヤーの『ニジンスキー』やケネス・マクミランの『マノン』のような20世紀を代表する作品を再演し、観客がまだ経験したことのない、エキサイティングな新作も提供しています。新たな観客の開拓にもつながりますから。
――2024/2025シーズンの開幕を飾ったのは、英国ロイヤル・バレエ団の芸術アソシエイトでもあるクリストファー・ウィールドンの新作『オスカー』* でした。
ホールバーグ:型通りではない物語を語る作品を作って欲しい。そんな意図を持って、現役世代でもっとも優れたストーリー・テラーであるウィールドンに新作を依頼しました。創作に関与した作曲家ジョビー・タルボット、デザイナーのジャン=マルク・ピュイサン共々、思う存分に手腕をふるってくれました。私見を言います。『オスカー』は素晴らしい作品です!
*『オスカー』初演時の観客の反応を紹介する映像: https://www.youtube.com/watch?v=HtcpsNQSgpE
――『オスカー』が好評を博したことは、メディアやSNSでも報じられています。ちなみに公演回数はメルボルンで14回、シドニーで18回。皆さん、住まいはどうされているのですか。
ホールバーグ:バレエ団の本拠地はメルボルンにあり、私もメルボルンに住んでいます。公演日数はメルボルンよりシドニーのほうが長く、例年、合わせて4カ月ほどシドニーで過ごします。その間、私たちはバレエ団が手配した長期滞在用の"サービス・アパート"に滞在します。ダンサーによっては、家族も同行する大移動です。猫はあまり聞かないけれど、犬を連れて行くツワモノもいますよ。
――TABにオーストラリアならではの"お国柄"を感じることはありますか。
ホールバーグ:オーストラリア人はとても温かい人たちです。舞台で踊っているダンサーたちも、温かな人間味のある品格をごく自然に醸し出します。私たちは、世界のどこかにあるバレエ団のコピーではありません。TABならではの声、すなわち、温かな、人間らしい"声"を発することのできるバレエ団として歩み、成長し続けたいものです。
――2025年7月の日本公演への抱負をお願いします。
ホールバーグ:日本で踊る毎に、観客に歓迎されていることを肌で感じます。東京文化会館に思い入れがあり、日本を第二の故郷と呼んでいるのは、私だけではありません。ぜひ日本の皆さんにバレエ団の今を見ていただきたいです。ダンサーたちには日本人の温かさを体験してもらいたい。ただし日本の観客は確かな鑑識眼をお持ちなので、日本では最高のパフォーマンスを見せなくてはいけない、けっして気を抜いてはいけないとダンサーにプレッシャーをかけています。バレエ団一同、久しぶりの日本公演が楽しみでなりません。
取材・文 上野房子(ダンス評論家)
5月30日(金) 18:30
5月31日(土) 12:30
5月31日(土) 18:30
6月1日(日) 12:00
会場:東京文化会館(上野)
指揮:ジョナサン・ロー
演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
S=¥24,000 A=¥21,000 B=¥18,000
C=¥15,000 D=¥12,000 E=¥9,000
U25シート=¥4,000
[予定される主な出演者]
キトリ:近藤 亜香(5/30, 6/1)、 ベネディクト・ベメ(5/31昼)、 ジル・オーガイ(5/31夜)
バジル:チェンウ・グオ(5/30, 6/1)、ジョセフ・ケイリー(5/31昼)、マーカス・モレリ(5/31夜)