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Photo: Rainee Lantry

2025/02/19(水)Vol.512

オーストラリア・バレエ団2025年日本公演
オーストラリア・バレエ団が上演する、ヌレエフ版『ドン・キホーテ』の魅力
2025/02/19(水)
2025年02月19日号
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バレエ

Photo: Rainee Lantry

オーストラリア・バレエ団2025年日本公演
オーストラリア・バレエ団が上演する、ヌレエフ版『ドン・キホーテ』の魅力

ダイナミックなロシアン・テクニックをさらに進化させた美技の数々。脇役の濃いめ演技とセクシーな民族舞踊。そしてアンティークコレクターのヌレエフを満足させた、丹精込めた装置と衣裳。オーストラリア・バレエ団の『ドン・キホーテ』はスペクタクル!というダンス評論家の上野房子さん。その魅力のあれこれをご紹介いただきます。

オーストラリア・バレエ団の『ドン・キホーテ』は
一大スペクタクルなのだ!

オーストラリア・バレエ団(以下、TAB)が15年ぶりの日本公演で上演するのは、ルドルフ・ヌレエフの振付による『ドン・キホーテ』全3幕プロローグ付き。セルバンテスの同名小説を翻案したロマンティック・コメディ仕立ての作品で、陽光溢れるスペインの港町バルセロナを舞台に、床屋の青年バジルと宿屋の娘キトリがめでたく結ばれるまでが描かれる。

1973年 ―― ネット配信どころか、DVDもビデオも普及していなかった時代 ―― には映画版が制作され、10年前に誕生したばかりのTABの存在と、ヌレエフが20世紀のバレエに偉大な足跡を残したダンサーであることに加え、スペクタクルな大作バレエを生み出す振付家であることをも世界に広く知らしめることとなった。芸術監督デヴィッド・ホールバーグいわく、「私たちにとって、なくてはならないレパートリーなのです」。

映画制作中にダンサーを指導するルドルフ・ヌレエフ
Photo: Paul Cox

ヌレエフ版の最大の特色は、全編にこれでもかとばかりに美技が散りばめられていること。なかでも、バジルのソロには、ダンサーとして円熟期にあったヌレエフならではのまばゆいテクニックがたっぷりと盛り込まれている。彼が1961年に亡命するまで所属していたキーロフ・バレエ(現マリインスキー・バレエ)直伝のダイナミックな跳躍や回転はもちろんのこと、独自のソロやキトリと踊るロマンティックないしアクロバティックなデュエットが加えられ、デンマーク・ロイヤル・バレエ団の育ての親オーギュスト・ブルノンヴィルの作品さながらに素早く細やかな脚の動きまでもが多用され、目まぐるしいほど。

本作に主演経験のあるホールバーグによると、初演から半世紀以上の時が流れ、ダンサーのテクニックが格段にレベルアップしたとはいえ、ヌレエフ振付を踊りこなすことは、依然、至難の技なのだという。

キトリも、バジルに負けじと躍動する。第2幕、風車に突進して失神したドン・キホーテの夢のなかでは原典の小説にも登場するドゥルシネア姫に変身して優雅に踊るけれども、現実世界の彼女は、自分に熱烈求婚中の貴族ガマーシュをイジったかと思うと、バジルと居酒屋デートを楽しみ、周囲の反対を押し切ってバジルと結婚するために一芝居打つ。古典バレエでお馴染みのはかなげな妖精や奥ゆかしい令嬢とは一線を画する、行動派ヒロインなのだ。第3幕、キトリとバジルの結婚を祝う場面では、古典バレエの様式に即したパ・ド・ドゥで明朗快活な踊りを披露し、祝宴を華やかに締めくくる。

オーストラリア・バレエ団 ヌレエフ版『ドン・キホーテ』より
Photo: Rainee Lantry

キトリとバジルのロマンスを邪魔立てするのは、古典バレエに付き物の"魔法"や"呪い"ではなく、個性的な脇役トリオ。立ち居振る舞いがお間抜けなガマーシュ、彼とキトリを結婚させようと奮闘する頑固親父ロレンツォ、中世騎士よろしく諸国漫遊の途中で出会ったキトリを憧れの姫君だと思い込むドン・キホーテが、コント顔負けのやり取りを見せてくれる。キトリとバジルにとっては迷惑千万な三人組の迷走ぶりとヌレエフ流演出の妙は、公演で見届けられたい。
愛すべき主役・脇役たちを取り巻く男女が、賑やかな舞台をいっそう盛り立てる。ヌレエフ版では男女が組んで踊る場面が多く、どこかセクシーな雰囲気を振りまく。第1幕、バルセロナの広場に集う若者や闘牛士たち、第2幕、風車を臨む森で野営するロマたちの身のこなしが、スペイン起源のダンスだけでなく、ヌレエフが本格的にバレエを始める前に習っていたバシキール舞踊を彷彿させることも興味深い。

2023年春、TABの代表作であり続ける『ドン・キホーテ』は、映画版公開60周年を記念し、シーズン開幕作品として上演された。

シルヴィ・ギエムを指導者に招くなど、満を持して公演準備に取り組んだホールバーグは、その際に復元されたオーストラリア出身の美術家バリー・ケイのデザインによる映画版の装置と衣裳を賞賛してやまない。「衣裳の生地のクオリティも図柄のクオリティも見事で、舞台装置には選りすぐりの材料が使われている。この『ドン・キホーテ』が、贅沢な美しさに満ちたプロダクションであることを再認識しました」。

ステージ背後に広がる空はより高く青く澄み渡り、バルセロナの町並みに開放感がもたらす一方、ドン・キホーテが書斎で騎士物語を読みふけるプロローグの情景や第2幕、風車が林立する夜の森には、ギュスターヴ・ドレがセルバンテスの小説のために描いたモノトーンの挿画を思わせる陰影があり、他場面の色鮮やかさを際立てている。

オーストラリア・バレエ団 ヌレエフ版『ドン・キホーテ』より
Photo: Christopher Rodgers-Wilson

衣裳の入念さも見どころの一つで、一見、プリントのような図柄をオペラグラスごしに注視すれば、刺繍やリボン等の装飾を幾重にもほどこした立体的なデザインであることがわかる。ヌレエフの没後、オークションにかけられた私財のなかに数々のアンティークな絨毯や民族衣装が含まれていたように、ヌレエフは知る人ぞ知る織物と布地のコレクターで、『ドン・キホーテ』を通して、彼の審美眼の一端に触れることができるだろう。

すなわちTABのヌレエフ版『ドン・キホーテ』は、古典バレエの様式に則った端整な踊りからセクシーなキャラクターダンスにコミカルなパントマイムの応酬、さらには丹精込めて仕上げた舞台美術と衣裳がパノラマのように連なった、一大スペクタクルなのである。

上野房子(ダンス評論家)

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オーストラリア・バレエ団2025年日本公演
「ドン・キホーテ」プロローグ付き全3幕

公演日

5月30日(金) 18:30
5月31日(土) 12:30
5月31日(土) 18:30
6月1日(日) 12:00

会場:東京文化会館(上野)

指揮:ジョナサン・ロー
演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

入場料[税込]

S=¥24,000 A=¥21,000 B=¥18,000
C=¥15,000 D=¥12,000 E=¥9,000
U25シート=¥4,000

[予定される主な出演者]
キトリ:近藤 亜香(5/30, 6/1)、 ベネディクト・ベメ(5/31昼)、 ジル・オーガイ(5/31夜)
バジル:チェンウ・グオ(5/30, 6/1)、ジョセフ・ケイリー(5/31昼)、マーカス・モレリ(5/31夜)