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Photo: Shoko Matsuhashi

2025/06/04(水)Vol.519

[特別企画] 歌舞伎俳優 中村鶴松さん×足立真里亜×池本祥真
進化を続ける『忠臣蔵』の世界
2025/06/04(水)
2025年06月04日号
バレエ
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バレエ

Photo: Shoko Matsuhashi

[特別企画] 歌舞伎俳優 中村鶴松さん×足立真里亜×池本祥真
進化を続ける『忠臣蔵』の世界

モーリス・ベジャールが歌舞伎の『仮名手本忠臣蔵』にインスパイアされ、東京バレエ団のために制作したバレエ『ザ・カブキ』。そもそも『忠臣蔵』とは? バレエと歌舞伎の違いとは?
歌舞伎俳優の中村鶴松さんをゲストに、足立真里亜、池本祥真との同世代トークが繰り広げられました。

歌舞伎にとって『仮名手本忠臣蔵』は
特別な演目

中村鶴松(以下、鶴松)僕は歌舞伎の家の出身ではなく、3歳で児童劇団に入り子役として活動する中で中村勘三郎さんの部屋子(子役時代から幹部俳優と同じ楽屋で指導を受ける特別な立場の俳優)になったのですが、児童劇団の頃には授業の一環でバレエがあって、正直、一番苦手だったんです。

中村鶴松
Photo: Shoko Matsuhashi

池本祥真:歌舞伎とバレエでは身体の使い方が違いますよね?

鶴松:歌舞伎の根底には日本舞踊があるのですが、重心は常に低く、膝を曲げないで立っていることはほぼありません。バレエは天井から糸で吊られているように、上へ、上へというスタイルでしょう?

足立真里亜:私たちは「ターンアウト」といって、足の付け根から膝、つま先までが外側を向くのが基本の姿勢。『ザ・カブキ』で演じるおかるの、脚を閉じて膝もつま先も前を向いている姿勢はしんどいですね。

池本:『ザ・カブキ』では初演の時から日本舞踊の花柳流の先生に指導に入っていただいているのですが、大きく演技をしないで内側に込めて、というご注意をよく受けます。普段のバレエの動きでは5階のお客さまにまで届くように......と意識しているのでつい、ちょとオーバー気味に大きく動いてしまいがちで、難しいですね。

鶴松:歌舞伎には化粧や動きなど、大げさに誇張して演出した部分もありますが、一方で内に内にという指導もよく受けます。特に『仮名手本忠臣蔵』は沈黙の芸というか、静寂の美しさが大切な芝居。普段の歌舞伎公演ではオペラやバレエと違って上演中のお客さまの出入りは自由なのですが、『仮名手本忠臣蔵』の判官切腹の場面だけは"通さん場"と言って通行が止められます。そしてお客さまには見えないのに襖の裏では家臣の役者たちがずっと平伏しているんです。そんな儀式的な約束事があるという意味でも、『仮名手本忠臣蔵』は役者にとってもお客さまにとっても一番重たい、特別な演目なんです。この3月に久しぶりに大序という発端の場面から討入りまでが通しで上演されましたが、楽屋も舞台も、場面によっては満員の客席までもピリついていて、『忠臣蔵』の重みをあらためて実感しました。

中村鶴松
Photo: Shoko Matsuhashi

池本:ベジャールさんが日本の歌舞伎の内に秘めるお芝居や静寂の美を見出してバレエ作品に仕立てたのはスゴいことですよね。僕らは普段、基本的にクラシック音楽のメロディに乗って踊っているので、シーンとした中で動くとか、義太夫の語りにあわせて踊るのは、どこで音をとればいいのか、最初は悩みました。

鶴松:でも、歌舞伎の動きを忠実に再現するなら歌舞伎役者がやればいいわけで、歌舞伎の要素を取り入れながらバレエ作品であるというのが『ザ・カブキ』の素晴らしさなのかなと思います。着物風にアレンジされたおかるのあの衣裳で脚を高く上げるとか、僕たちには想像できないし、実際にもできない(笑)

勘平、そしておかるへの
憧れと共感

足立:『仮名手本忠臣蔵』は歌舞伎にとって特別、とおっしゃいましたが、私たちにとっての『ザ・カブキ』も、特別です。多くのベジャール作品はベジャール・バレエ団をはじめ各国で上演されていますが、『ザ・カブキ』は東京バレエ団のために製作された、東京バレエ団にしか上演できない作品。入団した時からいつかは『ザ・カブキ』に参加したい、『ザ・カブキ』を経験しないままでは退団できない、という思いは皆が持っています。

足立真里亜
Photo: Shoko Matsuhashi

池本:特に主役の由良之助は、バレエ団の中で演じてきた人たちを"何代目の由良之助"と呼ぶような、特別な役ですね。

鶴松:『ザ・カブキ』では由良之助が主人公なのですよね? 歌舞伎の『仮名手本忠臣蔵』では由良之助が芯をとる場面と勘平が中心になる場面があって、役者やお家によってその時代、その時代の"由良之助役者" "勘平役者"がいます。

足立:鶴松さんは勘平役者?

鶴松:実は今度の9月に自主公演で初めて勘平をやらせていただくんです。僕にとってはずっと憧れてきた役。おかるの方が合っているんじゃないかとも言われましたけど(笑)

足立:えっ? 鶴松さんは女方もされるのですか?

鶴松:僕は小柄だし、女方をやらせていただくことも多いんです。もしかすると世間では女方のイメージの方が強いかもしれない。

足立:

池本:!!!

鶴松:中村屋は立役(男性役)と女方を"兼ねる役者"がいる家ですし、そうでない家でも若い頃は立役の動きや気持ちを理解できるので女方を経験しておくと良いとよく言われるんです。

池本:バレエでは兼ねるの無理だな......僕はトウシューズで踊れないし。

足立:私はリフトできないし(笑)

鶴松:(笑)。歌舞伎には「型」というものがあって、『仮名手本忠臣蔵』のような古典の大作の場合は立役でも女方でも、ちょっとした首の角度や目線まですべてが決まっています。勘平の場合、特に仕事が多くて、ござを巻くタイミングに至るまで、すべて決まっています。でも一方で中村屋では一番大事なのは勘平になりきって心で芝居することだと言われていて、その日その時の役の感情で心が動いたなら、型の通りやらなくてもいいと言われたこともありました。僕は今回は初役なので、まずは型を完コピすることから始めますが、型だけでなく心もお届けできるのが目標です。

池本祥真
Photo: Shoko Matsuhashi

池本:僕はおかると勘平に、ロミオとジュリエットの悲劇を重ねて考えています。二枚目、三枚目という言葉は歌舞伎から生まれたそうですが、勘平はまさに二枚目。おかるとの出会いがあり、続く相思相愛の幸せな時期があり、だんだん運命に翻弄されていく。初めて勘平を踊った時はバレエにはない役柄に思えてとっつきにくかったのですが、勘平は一生懸命に生きていておかるのことも大事にしているのに歯車が狂ってしまう。その悲劇性をもって役に入っていけたらと思っています。

おかると勘平 『ザ・カブキ』より
Photo: Shoko Matsuhashi

鶴松:バレエは芝居と違って台詞がないのでどう役作りしていくのか、興味があります。

池本:歌舞伎がまず型から入るように、バレエもまずは振付をしっかり体に入れるところからです。その中で何でこの動きをするんだろう、何でここにステップがあるのかな、と振付に役としての意味を持たせながら踊り込んでいくうちに、お客さまに役として見ていただける人物像が出来ていくのかと。解釈や工夫は大切ですが、やりすぎても振りから外れていってしまうので、そのバランスは難しいですね。

Photo: Shoko Matsuhashi

鶴松:僕も心で演じようとするとつい大げさになってしまうタイプなので、大げさに見えないように演じながら現代のお客さまに理解していただけるリアリティのある芝居ができるようになるのが課題です。

足立:『ザ・カブキ』のおかる の場合は、役を掘り下げるというより、もう少し自由でいいと教わっています。顔世御前は身分や運命にがんじがらめになりながら生きる人物ですが、おかるはお客さま側に寄り添った、感情移入しやすい役。どこか陽気で明るい感じがしますし、少し奔放でもいいのかもしれません。

鶴松:足立さんにぴったりじゃないですか!

足立:(笑)。でも、最終的には悲しい運命が待っているので、最初が明るければ明るいほど悲劇が際立つと思っています。少女から女性になり、だんだん重たくしていくイメージです。

おかる 『ザ・カブキ』より
Photo: Shoko Matsuhashi

鶴松:ところで『ザ・カブキ』は現代の青年が忠臣蔵の世界に迷い込んで由良之助になっていく物語ですが、お二人はタイムスリップするとしたらいつどこに行きたいですか? 僕はやっぱり江戸時代。よく"江戸のにおい"という言い方をするのですが、江戸の人々の醸し出す空気感を肌で感じてみたいですね。

池本:僕はジミ・ヘンドリックスとか好きなギタリストがいっぱいいるので、彼らが生きている時代に行って生で演奏を聴いてみたい。あとはニジンスキーとか、伝説のダンサーの舞台も生で観てみたいです。

足立:私は未来! あ、でもベジャールさんに会ったことのある人は皆、口を揃えて、彼の青い瞳に見つめられると心まで見透かされるようで嘘はつけないと言っているので、どんな瞳のどんな方なのか、ベジャールさんにお会いしてみたいです。

池本:そして今の僕たちの『ザ・カブキ』をどう思うかも聞いてみたいですね。

中村鶴松

1995年3月15日生まれ。2000年5月歌舞伎座『源氏物語』の竹麿で清水大希の名で初舞台。以後数多くの舞台に出演。05年5月十八代目中村勘三郎の部屋子となり、歌舞伎座『菅原伝授手習鑑』車引の杉王丸で二代目中村鶴松を名のる。近年は音楽劇「くるみ割り人形外伝」やドラマなど歌舞伎以外にも活躍の場を広げる。9月18、19日に東京・浅草公会堂で開催する自主公演「鶴明会」では『仮名手本忠臣蔵』五段目、六段目の早野勘平と、舞踊『雨乞狐』の野狐はじめ6役に挑む。

中村鶴松さん公式X:@tsurumatsu_18
Instagram:tsurumatsu_nakamura

取材・文:清水井朋子(ライター)

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東京バレエ団
『ザ・カブキ』全2幕

公演日

【東京公演】
6月27日(金)19:00
6月28日(土)18:30
6月29日(日)14:00

会場:新国立劇場 オペラパレス(初台)

入場料[税込]

S=¥15,000 A=¥12,000 B=¥9,000
C=¥7,000 D=¥5,000
U25シート=¥2,000
※ペア割引あり(S、A、B席)
※親子割引あり(S、A、B席)

[予定される主な出演者]
由良之助:柄本 弾(6/27、6/29)、 宮川 新大(6/28)
顔世御前:上野 水香[ゲスト・プリンシパル](6/27)、金子 仁美(6/28)、榊 優美枝(6/29)
おかる:沖 香菜子(6/27)、秋山 瑛(6/28)、足立 真里亜(6/29)
勘平:池本 祥真(6/27)、大塚 卓(6/28)、樋口 祐輝(6/29)