2024年にベジャール・バレエ団を離れたジル・ロマン。昨夏には世界バレエフェスティバルに、そしておよそ1年後となる今年2月には東京バレエ団公演ベジャールの『くるみ割り人形』に特別出演し、変わらぬオーラを放ったその姿に、「ジルのこれからは?」という思いを抱いたファンも少なくないはず。ベジャールの『くるみ割り人形』のこと、これからのことをバレエチャンネル編集長の阿部さや子さんがじっくりインタビューしました。
――ジル・ロマンさんは2025年2月の「ベジャールの『くるみ割り人形』」に特別出演。連日スタンディングオベーションに包まれ、感動的な公演でした。
ジル・ロマン(以下ジル):私にとっても素晴らしい経験でした。まず嬉しかったのは、東京バレエ団の皆さんと一緒に稽古できたことです。ここのダンサーたちは皆とても熱心で、集中力があり、努力を惜しみません。良い稽古は、必ず良い結果につながります。本番では各人がそれぞれの役柄を的確に表現し、全体に心地よいリズムがあって、モーリス・ベジャールのスピリットがそこにはありました。
――ジルさんの特別出演は事前に発表されていましたが、具体的に何の役なのかは直前まで明かされず、私たちファンは長らくドキドキしながら待っていました......。
ジル:お待たせしたのはわざとではなく、ずっと考えていたからです(笑)。最初に斎藤友佳理団長や佐野志織芸術監督から出演依頼をいただいた際、「キューピーさん(故・飯田宗孝氏)へのオマージュ」というアイディアを提案されました。そこから少しずつ考え始めてはいましたが、あえて事前には決め込まず、細かいことは来日してから詰めていきました。
自分の役どころを考えるにあたり、まずはキューピーさんがどのようなかたちで出演していたのか、あらためてビデオで確認しました。モーリスはこの『くるみ割り人形』を作った時、著名なアコーディオン奏者のイヴェット・オルネを起用して、主人公・ビムの見守り役として位置付けました。そして東京バレエ団版では、イヴェットに代わる存在として、マジック・キューピーを登場させた。つまりモーリスの元々の意図に立ち戻るなら、私の役はビムや子どもたちの世話をするプティ・ペール(小さなお父さん)がふさわしいのではないか。そして最後には、キューピーさんが着ていたサンタクロースの赤いローブを纏うのはどうだろう――そんなふうに、徐々に考えを固めていきました。
――プティ・ペールとして舞台に立った時、どのようなことを感じましたか?
ジル:プティ・ペールという言葉には、父親の代理、つまり子どもの父親に何かあった場合に代わりを務める存在という意味が含まれています。例えば雪のワルツの場面で私の胸にあったのは、子どもたちを演じるダンサーたちへの愛でした。彼らにインスピレーションを与える存在でありたかったし、彼らの糧になりたいとも思いました。ダンスの世界では、伝承すること、継承することが極めて重要です。ダンスを通して何かを伝えるための最良の方法は、舞台上でエネルギーを分かち合うことだと思います。
――その雪のワルツの場面で、ジルさん演じるプティ・ペールは手で何やら印象的なジェスチャーを見せていました。あの手は、何を語っていたのでしょうか?
ジル:振付を作る時の頭の中には、実に様々なアイディアが浮かんでいるのです(笑)。キューピーさんの名前を書いてみたり、アコーディオンから音を出そうとする身振りをしてみたり、モーリスをイメージしてみたり、かつて演じた〈M...〉の役と今の自分をつなげてみたり、マリウス・プティパを想起させる動きをしてみたり......あの一連の動きには、いろいろなニュアンスを込めていました。振付を言葉で説明するのは、なかなか難しいですね(笑)。
――『くるみ割り人形』といい、昨年夏の世界バレエフェスティバルといい、ジルさんが今なお"踊れる"身体と精神を保っていることにも驚きました。
ジル:私は運に恵まれたということでしょう(笑)。もちろん日々の稽古は続けています。そして私のダンス人生には様々な試練がありました。苦しんだことも、挫折感を味わったこともたくさんあった。しかしそうした数々の試練は、私から固執や執着を削ぎ落としてくれました。かつてのように何かに固執したり囚われたりすることがなくなった今、私はとても自由です。昔よりも今のほうが、ずっと自由な心でダンスを楽しめています。
私は過去に興味はありません。いつだって未知の経験をしてみたいし、今の年齢だからこそできることをやってみたい。ダンスは一生踊れます。自分への厳しさや意欲さえ失わなければ。私はこれからも挑戦し続けるつもりです。
――それにしても......ジルさんの、ただそこに居るだけで何かを醸し出す存在感。その特別なオーラの正体は何でしょうか?
ジル:玉ねぎを想像してみてください。その中心には必ず、本来の自分が持っている光のようなものが隠れています。年齢やキャリアを重ねるとは、その玉ねぎの皮を、外側から1枚ずつ剥いでいく作業です。経験や試練を重ねるごとに、どんどん皮が剥がれていき、中から光が透けてきて、ついに輝きを放つようになる。するとその人はもう、何かを見せようとしたり、自分を証明したりする必要はありません。そういうことだと思います。
――今後の活動についても聞かせてください。踊ること、振付けること、指導することなど、何か予定していることはありますか?
ジル:私はあらゆる可能性に対して心を開き、提案を待っています。バレエ団で指導するのも大好きだし、私のように成熟した年齢のダンサーに振付けたいという振付家がいれば、喜んで仕事をしたい。新しい出会いやプロジェクトも大歓迎です。ただ一つ思っているのは、これまでもそうであったように、人生が私を導いてくれるはずだということです。自分から無理に行動するよりも、人生が与えてくれるものを受け取りたい。そのほうがきっと、面白い未来にたどり着けるでしょう。
――仕事以外でやってみたいこと、挑戦してみたいことはありますか?
ジル:残念ながら、仕事以外にはありません(笑)。私の人生は全てがダンスです。7歳の頃からずっと、スタジオでバレエの稽古をして生きてきました。海や森を散歩するのも素敵なことですが、私はそれよりもダンスがしたい。仕事というよりも、私の人生の全てがダンスなのです。
――ファンのみなさんにメッセージを
ジル:これからもダンスを愛し、ダンスを信じていてください。みなさんの幸せを願っています。
取材・文:阿部さや子(バレエチャンネル編集長)