東京バレエ団に燦然と輝く実力派ダンサー、伝田陽美。伝田は長身から繰り出される強靭なテクニックと並外れた演技力を武器に、常に個性的な役作りでバレエファンの話題をさらってきました。プライドの高い古代インドの姫、邪心に燃える悪の精、絶対零度の霊たちの女王......これらは全て伝田陽美が近年舞台で演じ、評判となった役。まるでカメレオンのようにどんな役でも踊り、演じる伝田ですが、実はまだ古典バレエの全幕では主演を果たしていませんでした。その伝田がこの秋、満を持して挑戦するのが東京バレエ団の看板演目『ドン・キホーテ』のキトリ役です。待望の全幕主役を前に、ライターの高橋彩子さんがその心境を聞きました。
――入団17年での東京バレエ団古典全幕初主役。おめでとうございます。
伝田:ありがとうございます。ずっと主役を盛り立てようという気持ちで踊っていたのですが、今回は自分が火種となってみんなに火をつけて、引っ張っていかなければならない。嬉しい話ですけど、実は少し気が重いんです。でもやるっきゃない!と(笑)。
――この作品での全幕主演についてはどうお感じですか?
伝田:子どものためのバレエ『ドン・キホーテの夢』で何回も踊らせていただいていましたし、チャイコフスキーの三大バレエよりはこちらが私には合っているかなと思います。
――ですが8月には「はじめてのバレエ『白鳥の湖』〜母のなみだ」でオディールを踊られました。
伝田:そうなのですが、私には黒のイメージはあっても、白の方はなかなか、皆さんも先生も想像がつかないかもしれません。私自身、強さや明るさのある役やキャラクター的な役が好きで。とはいえ自分では気づいていない面も、もしかしたらあるかもしれないですけれども。
――とはいえ、『ドン・キホーテ』の主役はドゥルシネア姫も踊りますね。
伝田:そこが一番の課題になりそうですね。自分の中では、可愛らしいドゥルシネア姫というより、『ジゼル』のミルタまではいかないけれど凛としたイメージでと考えています。東京バレエ団で近年踊ってきた方々はチャーミングで愛らしく、私もそういうイメージでこの役を見てきましたが、ここは自分らしく、と。
――キトリという役については、どうとらえていますか?
伝田:キトリが来ただけでその場が華やぐイメージです。明るくて、ちょっとくすっと笑えるところがあって。バジルのことが好きなのに素直でないところなど、ツンデレですよね(笑)。あと、お父さんのこともちゃんと好きでいなくては、と。バジルとの結婚を「ダメだ!」と反対されても、そこで怒るのではなく、「パパ、大好きだから、お願いします」といった気持ちで演じたいです。『ドン・キホーテの夢』を最初に踊った頃、私が気の強い役としてキトリを演じると本当に強くなって可愛げがなくなってしまうと注意されたので、可愛い方を多めにやってちょうどよくなるはずですから。
――相手役は日替わりで、キム・キミンさんと柄本弾さんです。
伝田:キム・キミンさんとは、昨年の世界バレエフェスティバル全幕特別プログラム『ラ・バヤデール』のソロルとガムザッティとして共演するはずだったのですが、キムさんが所属するマリインスキー劇場のスケジュール変更で来日できなかったのが残念です。演技性の高い『ドン・キホーテ』ではコミュニケーションが取れていないと難しいので、来日されたら短期集中で、キムさんの演技にすぐ反応できるようにしなければと思っています。
柄本弾さんとは『ドン・キホーテの夢』でも踊っていますし、『ラ・バヤデール』ではソロルとガムザッティでしたし、『バクチⅢ』などでも組んでいます。サポート含め「安心安全、柄本弾」という感じ(笑)。同期なので、気兼ねなく「もうちょっと前」「そこ」などと言えるので助かっていますね。とても信頼しています。
――伝田さんの踊りにはドラマ性があり、物語を感じさせてくれます。これまで『ドン・キホーテ』の本公演ではメルセデスや若いジプシーの娘を踊って高い評価を得ました。
伝田:メルセデスは出てきた瞬間、「あの人が来た!」みたいな感じで周りの雰囲気が変わる。こちらも「変えてやろう」という気持ちで出ますし。大好きな役です。特に好きなのはキャラクターシューズで踊る酒場のシーン。キャラクター要素のある踊りとクラシカルな踊りの両方があるところがいいですね。若いジプシーの娘の役もとても好きです。生き別れになった恋人を思い出して踊るのですが、わーっと嘆くけれどもまた前を向いて歩いていく、というふうに短い中にも結構、起承転結があって。
――演じることについては、どう考えていますか?
伝田:入り込み過ぎないことを心がけています。ジョン・クランコ版『ロミオとジュリエット』の初演の時、私はキャピュレット夫人だったのですが、ティボルトが死んで狂乱するシーンを気持ちよく泣いて演じていたら、芸術監督の(斎藤)友佳理さんに「気持ちよく没頭して踊ると観ている方が引いてしまう。むしろ一歩引いてここ(斜め上)からもう一人の自分が見ているように演じなければダメよ」と言われて。それ以来、少し冷静に客観的に自分を見つつ、その役を楽しむようにしています。それでも役と向き合っていると段々入り込んでいってしまうところはありますが、心に置いておくだけでも違う気がするんです。
――コンテンポラリー作品でも大いに存在感を発揮されていますね。3月の「Jewels from MIZUKA 2025」で踊られた岡崎隼也さん振付の「『春の祭典』より第一部 大地の礼賛」など、鮮烈な印象を受けました。
伝田:作品にもよりますが、コンテンポラリーは自分の気持ちいいところまで自由に身体を使えるところが好きです。特に岡崎さんの作品は全身限りなく使えることが多いので。そう見えていたのでしたら、私は正解を得られたんですね!
――お若い頃からコンテンポラリーが好きだったのでしょうか?
伝田:そうでもないんです。どちらかというとクラシックが好きで。東京バレエ団に入り、ベジャール作品を知ってからドハマリしました。最初に良いと思ったのは「ベジャールの『くるみ割り人形』」。冒頭のダンスレッスンがすごく楽しくて。
――コンテンポラリーを経験すると、身体も変わってくるし、クラシックのほうの踊りにも変化が生じるのではないですか?
伝田:身体の使い方が全く違うので、クラシックの公演が終わってコンテンポラリーのリハーサルに入ると、筋肉痛になるのですが、確かにクラシックで型にはまりきってしまいがちだったところも、違う踊りを経験することで伸びしろが出てくるということはあるかもしれません。
――ご自身の中で今回の主役につながるような、身体のことがわかってきた、何かつかめた、というような瞬間があれば教えて下さい。
伝田:普段のレッスンです。友佳理さんが芸術監督になられて、バレエ団全体がロシアン・メソッドに統一されたのですが、背中が土台だからそこをきちんと創っていかないとダメだということに気づき、日々、そこに向き合っているうち、身体の感覚が変わってきました。東京バレエ団に入る前は京都バレエ専門学校でフランス・メソッドを勉強してきて、パリ・オペラ座が大好きだったのですが、今観ていて好きなのはロシアのバレエ。上体が美しいですし、多少大雑把なところがあっても守りに入らない姿勢がいいな、と。
――ワシーリエフ版『ドン・キホーテ』にもそういうところがありそうですね。
伝田:そうなんです。2018年の世界バレエ・フェスティバル全幕プログラムでマリア・アレクサンドロワさんとウラディスラフ・ラントラートフさんがキトリとバジルをなさった時、私と柄本くんがメルセデスとエスパーダだったのですが、間近で観て「なんて楽しいんだろう」「あんなふうに踊りたい!」と思ったんです。今回も、お客さんが帰る時、「来てよかった」「楽しかった」といった気持ちをちょっとでも抱いてくれれば嬉しいです。そのためにもキトリとして、団員たちにも客席の皆さんにもどんどん火をつけていきたいですね。
取材・文:高橋彩子(舞台芸術ライター)
11/18(火)13:00 *
11/19(水)19:00
11/20(木)19:00
11/21(金)19:00
11/22(土)14:00
11/23(日・祝)14:00
11/24(月・振休)14:00
* 1階に学校団体が入ります。
会場:東京文化会館(上野)
演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
S=¥15,000 A=¥12,000 B=¥9,000
C=¥7,000 D=¥5,000 E=¥3,000
U25シート=¥2,000
*ペア割引[S,A,B席]あり
*親子割引[S,A,B席]あり
[予定される主な配役]
キトリ:涌田 美紀(11/18)、上野 水香(11/19)、秋山 瑛(11/20,11/23)、伝田 陽美(11/21, 11/24)、中島 映理子(11/22)
バジル:二山 治雄(11/18)、キム・キミン[ゲスト](11/19, 11/21)、池本 祥真(11/20,11/23)、宮川 新大(11/22)、柄本 弾(11/24)