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NBS日本舞台芸術振興会
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Photo: 池上 直哉(東京・春・音楽祭2025)

NEW2026/01/21(水)Vol.534

リッカルド・ムーティ指揮 オペラ『ドン・ジョヴァンニ』
伝説がよみがえるとき!
2026/01/21(水)
2026年01月21日号
TOPニュース
オペラ

Photo: 池上 直哉(東京・春・音楽祭2025)

リッカルド・ムーティ指揮 オペラ『ドン・ジョヴァンニ』
伝説がよみがえるとき!

リッカルド・ムーティが振るオペラはほかにはない魅力を放ちます。いくつものオペラが名演として語り継がれています。『ドン・ジョヴァンニ』もそのひとつ。ムーティが振る『ドン・ジョヴァンニ』の魅力を音楽評論家の堀内修さんに紹介いただきます。

ムーティがドンナ・アンナの告発を響かせる

あの人が犯人だ!
ドンナ・アンナが恋人に告げ、事件の顛末を語り出すと、劇場中が息を呑む。といっても、いつも決まって客席がハッとするわけじゃない。『ドン・ジョヴァンニ』の幕が開いてすぐ舞台で繰り広げられる殺人事件は、客席の全員が目撃している。犯人を知らない者などいない。『ドン・ジョヴァンニ』は卓越したミステリ・オペラなのだが、倒叙ミステリ(先に犯人と犯行が示されるミステリ)の形式をとっている。ドンナ・アンナが驚いても、客席が「はいはい、わかりました」と反応したっていい。ここは作者モーツァルトがその天才の力を露わにした場面なのだが、多くの上演で、聴衆は通り過ぎていく。でもリッカルド・ムーティが指揮する上演なら話は別だ。騎士長殺害の犯人が示されたからでなく、昨夜自分を襲い、父親を殺した犯人を知ったドンナ・アンナの驚愕と激しい怒りに、息を呑む。

リッカルド・ムーティ
Photo: 平舘平(東京・春・音楽祭2025)

ムーティは最初からそういう指揮者だった。初めてムーティが指揮するオペラを聴いたのはヴェルディの『アイーダ』で、幕が開いてすぐに、この指揮者の実力あるいは個性がわかった。エジプトの将軍ラダメスが登場して歌うのだが、ただ流麗なアリアではなかった。テノールが客席に届けたのは、自分がエチオピア討伐軍の総司令官になれるかもしれないという期待と、恋人アイーダへの想いがみるみるふくれ上がる興奮だった。音楽には、少なくともオペラの音楽には、すべて意味がある。断固として主張し、実現させる指揮者が登場した。アイーダの不安やラダメスの恋心やランフィスの戦意を音楽によって伝える指揮者だ。

若い指揮者たちにムーティがヴェルディ『シモン・ボッカネグラ』の指揮を教える公開講座があった。ムーティは指揮台の横に置いた椅子に座り、若手指揮者の振る演奏を聴いている。第1幕のガブリエレとアメリアの歌にさしかかる時、演奏を止めることなく、ムーティが「アモーレ!」と声をかけた。その途端オーケストラの響きが変わった。その力を知らないわけではなかったのに、改めてびっくりした。指揮せず、演奏を止めず、説明もしない。それでも変わった。2人の愛の場面になった。音楽が意味を持った。

ムーティが指揮し、ストレーレルが演出した1987年ミラノのスカラ座でのモーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』の上演は、ムーティのスカラ座時代の名演として語り伝えられている。いまその映像を見ても、隅々まで磨かれた上演に驚かされる。第1幕の、ドン・ジョヴァンニがツェルリーナを誘惑する二重唱など、寸分の狂いもない。だがあのころドン・ジョヴァンニを歌ったバリトンは、上演への参加や自分の歌を誇る一方、表現を指揮者と演出家にがんじがらめにされたともらしていた。思えば1980年代はオペラに自由な解釈がもたらされ、さまざまな上演が行われるようになろうとしたころだった。ドン・ジョヴァンニは必ずしも魅力的な誘惑者ではなく、ツェルリーナは必ずしも受け身ではなくなる。
40年近くの時が流れ、多様な上演がありふれたものになったいま、ムーティがなおも絶対的な上演、正しいモーツァルトのオペラの旗手であり続けていることに驚嘆する。伝説の上演はよみがえるだろう。客席はきっと『ドン・ジョヴァンニ』には正しい上演があると信じるほかなくなる。リッカルド・ムーティが指揮すれば。
自分を襲い、父親の騎士長を殺害した犯人はドン・ジョヴァンニだと告げた後、ドンナ・アンナが婚約者ドン・オッターヴィオに語る夜の出来事は果たして事実なのだろうか?という疑いは、昔から囁かれてきた。本当はドンナ・アンナ自身がドン・ジョヴァンニを導き入れたのではないか? 関係だって結んだにちがいない、というように。そうなると、「わたしは死にそう」「あの男が父を殺した」というドンナ・アンナの告発を鵜呑みにはできなくなる。

キアラ・ムーティ演出『ドン・ジョヴァンニ』第1幕より
父の死を嘆くドンナ・アンナ(パレルモ・マッシモ劇場公演)
Photo: Rosellina Garbo

そんな寝言を真に受けるんじゃない!とムーティに叱られそうだ。そしてきっと耳を澄ますんだ!と言われるはずだ。ムーティが指揮するならまちがいなく息を呑むだろう。たとえさっき目撃した事件であっても、その声で犯人がドン・ジョヴァンニだと知ったドンナ・アンナの驚きと怒りの激しさに、きっと息を呑む。

文:堀内修(音楽評論家)

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W.A.モーツァルト作曲
オペラ『ドン・ジョヴァンニ』

公演日

2026年
4月26日(日) 14:00 東京文化会館
4月29日(水・祝) 14:00  東京文化会館
5月1日(金) 14:00 東京文化会館

指揮:リッカルド・ムーティ
演出:キアラ・ムーティ

[予定される主な出演者]
ドン・ジョヴァンニ:ルカ・ミケレッティ
ドンナ・アンナ:マリア・グラツィア・スキアーヴォ
ドンナ・エルヴィーラ:マリアンジェラ・シチリア
ドン・オッターヴィオ:ジョヴァンニ・サラ
レポレッロ:アレッサンドロ・ルオンゴ
ツェルリーナ:フランチェスカ・ディ・サウロ
マゼット:レオン・コーシャヴィッチ
騎士長:ヴィットリオ・デ・カンポ

管弦楽:東京春祭オーケストラ
合唱:東京オペラシンガーズ

入場料[税込]

S=¥59,000 A=¥46,000 B=¥36,000
C=¥28,000 D=¥21,000 E=¥15,000
サポーターシート=¥109,000(寄付金付きのS席)
U39シート=¥13,000 U29シート=¥10,000 

主催:公益財団法人日本舞台芸術振興会 / 東京・春・音楽祭実行委員会 / 日本経済新聞社