NEW2026/03/04(水)Vol.537
| 2026/03/04(水) | |
| 2026年03月04日号 | |
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| 「ドン・ジョヴァンニ」オペラリッカルド・ムーティ |
(ミケレッティ)Photo: Fabio Anselmini
4月26日(土)、29(水・祝)、5月1日(金)に東京文化会館で上演される『ドン・ジョヴァンニ』。そこでドン・ジョヴァンニ役を歌うルカ・ミケレッティ(バリトン)と、ドン・オッターヴィオ役で出演するジョヴァンニ・サラ(テノール)が、昨年11月、同じ舞台に立ちました。ミラノ・スカラ座で上演されたモーツァルト『コジ・ファン・トゥッテ』がそれ。2人とも『ドン・ジョヴァンニ』への期待が否応なく高まる、圧巻の歌唱と存在感を示したようです。オペラ評論家の香原斗志さんによるレポートをお届けします。
『ドン・ジョヴァンニ』に出演する歌手陣は、モーツァルトに適した歌唱とイタリア語の美しさ、演劇性のいずれにおいても傑出し、そのうえ3つがバランスされた人材を、リッカルド・ムーティが選び抜いている。なかでも上記のミケレッティとサラは、近年、モーツァルトのオペラで抜きん出た評価を得ており、東京でもほかの歌手陣をリードして、音楽的に高い成果を導き出すことが期待されている。
実際、11月23日に鑑賞した『コジ・ファン・トゥッテ』では、これら2人がオペラを確実に牽引しつつ、すぐれたアンサンブルとリアルな演出の核になった。
ミケレッティは、2021年4月に「東京・春・音楽祭」で歌った、ムーティ指揮『マクベス』のタイトルロールで示したように、ヴェルディを歌えば、聴き手を即座に虜にしてしまうほどの艶やかな美声を、劇場を揺らさんばかりに響かせる。だが、この歌手がそれ以上に傑出しているとつくづく感じるのは、『コジ・ファン・トゥッテ』のようなアンサンブルが重要なオペラで、アンサンブルを壊さない音量に抑え、そのうえで柔軟に歌い回すときだ。表現は抑制的でも、ニュアンスを微妙に変化させながら感情を過不足なく描写する。
声をあれほど強く押し出して存在感を示せる歌手が、いや、そういう歌手だからこそ、周囲に合わせて歌唱をいかようにも抑制し、輝かせるべきところでは輝かせることができるのである。それは歌手としてのポテンシャルが高く、すぐれたテクニックを習得しているのに加えて、演劇の家系に生まれ、俳優兼監督としてスタートしたキャリアとも関係していると思われる。
サラは芯がしっかりしたやや硬質な声なので、感情の強さが自然と打ち出される。だが、硬質イコール剛直な声だとしたら、モーツァルトを歌う柔軟性に欠けるのだが、サラがすごいのは、硬めの声をきわめてやわらかく響かせ、旋律を柔軟につむいで強弱を自在につけることができる点だ。矛盾したことを書いているようだが、そうではない。稀なほど柔軟な表現力がありながら、同時に声に硬質な力強さも備わっている、といえば伝わるだろうか。
結果として、フレージングがとてもエレガントで、レガートがスタイリッシュに奏される。第1幕の有名なアリア「いとしい人の愛のそよ風は」では、洗練されたレガートに美しいピアニッシモを加えながら極上の甘さを表現し、音楽を止めずに聴き手の心の動きをいったん止めてしまうくらいの力があった。
指揮をしたのは英国出身の注目のマエストロ、アレクサンダー・ゾディで、かなり論理的で客観的な音楽づくりだった。そのなかで、これら2人の男声歌手も、生々しい感情の表出は控えて客観性を保っているように感じられた。だが、それだけに、声に少しの色彩の変化をあたえたり、ニュアンスを加えたりするだけで、感情の動きを明瞭に表す力が彼らにあることにも気づかされた。
『ドン・ジョヴァンニ』のデモーニッシュな世界をムーティが、いつものエレガンスを維持しながら深く掘り下げるとき、歌手もまたエレガントに歌いながら、同時に、内面にかかえる葛藤から心の深くに巣食う闇まで、時には滑稽な面まで、十全に表現できなければならない。その点でこの2人の男声にまったく不足がないことが十分に伝わった。
たとえば、第1幕でグリエルモがドラベッラに求愛するアリア「愛らしい瞳よ」。ミケレッティはもともと強い声を、その存在感を維持したまま甘く響かせ、しかもコミカルな味わいまで載せるのである。
ロバート・カーセンの演出は、「恋人たちの学校」の舞台を現代イタリアの、男女が出会うテレビ番組に置き換えた。アルフォンソとデスピーナが司会者で、多くの男女がバーやプールサイドなどの屋内外で愛を試し合うのだが、こういう状況設定では、演技がぎこちないと見ていられない。だが、ミケレッティもサラも、テレビにこういう形で出演し、ドギマギしながらも大胆不敵さを見せる現代の若者そのものであった。
ミケレッティはインタビューした際、キアラ・ムーティが演出する『ドン・ジョヴァンニ』は「演劇的にも肉体的にも大変」だと語っていた。それは場合によっては、心配につながる言葉だが、スカラ座の『コジ・ファン・トゥッテ』における2人の演技を観るかぎり、期待と楽しみにしかつながらなかった。
文:香原斗志(オぺラ評論家)
2026年
4月26日(日) 14:00 東京文化会館
4月29日(水・祝) 14:00 東京文化会館
5月1日(金) 14:00 東京文化会館
指揮:リッカルド・ムーティ
演出:キアラ・ムーティ
[予定される主な出演者]
ドン・ジョヴァンニ:ルカ・ミケレッティ
ドンナ・アンナ:マリア・グラツィア・スキアーヴォ
ドンナ・エルヴィーラ:マリアンジェラ・シチリア
ドン・オッターヴィオ:ジョヴァンニ・サラ
レポレッロ:アレッサンドロ・ルオンゴ
ツェルリーナ:フランチェスカ・ディ・サウロ
マゼット:レオン・コーシャヴィッチ
騎士長:ヴィットリオ・デ・カンポ
管弦楽:東京春祭オーケストラ
合唱:東京オペラシンガーズ
S=¥59,000 A=¥46,000 B=¥36,000
C=¥28,000 D=¥21,000 E=¥15,000
サポーターシート=¥109,000(寄付金付きのS席)
U39シート=¥13,000 U29シート=¥10,000
主催:公益財団法人日本舞台芸術振興会 / 東京・春・音楽祭実行委員会 / 日本経済新聞社