来たる8月、5年ぶりとなる東京バレエ団公演『海賊』プロローグ付全3幕が上演されます。この作品と東京バレエ団、そして今回の公演への期待について、舞踊評論家の高橋森彦さんに紹介していただきます。
七つの海をまたにかける海賊やギリシャの若い女性たちが織り成す愛と冒険のドラマ。『海賊』は数々の古典全幕バレエの中でも、華やかかつスリリングな展開が楽しい人気作品だ。とはいえ、20世紀後半まではギリシャ娘のメドーラと海賊の奴隷アリのパ・ド・ドゥ(全幕においては海賊の首領コンラッドも加わるパ・ド・トロワ)は親しまれていたが、全幕上演はロシア以外では限られていた。現在、世界各地で上演されるようになったのは、女性陣に加え男性がたくさん活躍できるからだろう。今日も新演出が生まれている。
そうした『海賊』ブームの火付け役が、アンナ=マリー・ホームズ版だ。1942年、カナダに生まれたホームズは世界各地で踊り、ロシアでも研鑽を積んだ。その彼女がアメリカのボストン・バレエ団の芸術監督在任時に『海賊』全幕を導入し、1998年にはアメリカン・バレエ・シアター(ABT)のレパートリーに入る。ホームズは、ロシア・バレエの重鎮ナタリア・ドゥジンスカヤの理解を得て改訂に取り組み『海賊』を新たによみがえらせた。
ホームズ版『海賊』は、王道といえるマリウス・プティパ、コンスタンチン・セルゲイエフ版を基に冗長な場面やマイムを整理し、スピーディーで見やすく仕上げられている。通常後半に配される「花園」で踊られるオダリスクの踊りを第1幕の「奴隷市場」に挿入し、見せ場として盛り上げるのは最大の特徴だろう。ABTで収録された舞台映像が大ヒットし、その後イングリッシュ・ナショナル・バレエ(ENB)やミラノ・スカラ座バレエ団でも上演され、今日では定番の一つとして親しまれるようになった。
東京バレエ団がホームズ版『海賊』を初演したのは2019年。当時の芸術監督の斎藤友佳理(現団長)は、記者懇談会の席上、ホームズ版を「シンプルで分かりやすく、ユーモアもあり、私が大切だと思うキャラクターの踊りも残っている。やるならこれしかないと思った」と語った。2015年に芸術監督に就任し、ダンサーたちに誠実に寄り添い、丹精込めて育てる斎藤にとって男性ダンサーを含め伸び盛りの踊り手を活かせると判断したようだ。まさに刃の上を歩くような高難度のテクニックを易々と踊りこなしたり、プリンセスやプリンスではない一癖も二癖もあるキャラクター役を生きて踊ることによって、一段と個性が輝く。バレエ団初演は熱狂を呼び、2021年のコロナ禍における再演も盛会裏に終えたのは記憶に新しい。このたびの5年ぶりの公演は、待望といえる。
なぜ待望久しいのか、5年前に比べてダンサーたちの層がさらに厚くなったからだ。2026年5月時点でプリンシパルからソリストまで男女30人の多士済々がひしめく。ソリストでもしばしば主役を務めるし、いっぽうでプリンシパルも得難いキャラクター役をさらりとこなす。むろんコール・ド・バレエ(群舞)の一体感と練度も世界に誇る水準にあるのはいうまでもない。2024年に創立60周年を迎えた東京バレエ団の栄光の歴史の中でも、類がないほどの充実期を迎えているのではないか。まさに新たな黄金時代の真っ只中にいる。今回の『海賊』は本当に見逃せない。
本公演は「宮川新大 芸術選奨舞踊部門文部科学大臣賞 受賞記念」と銘打たれている。コンラッドを踊る宮川は、令和7年度(第76回)芸術選獎文部科学大臣賞受賞を受賞。宮川は2019年の初演時にアリと奴隷商人ランケデムを踊った。次いで2021年にはコンラッドに挑んだ。宮川の端正な技術としなやかな体使いもさることながら常に新鮮な気持ちで役に向き合う誠実な姿勢、そこから生まれる深みのある表現に注目したい。
宮川以外にコンラッドを踊るのは、いよいよ踊りに風格を増している柄本弾、感性豊かに魅せる生方隆之介。メドーラは看板ダンサーとして飛翔し続ける秋山瑛、昨秋の『ドン・キホーテ』キトリを鮮烈に踊り大反響を呼んだ伝田陽美、麗しいスタイルが映え経験値も増している中島映理子。アリはロシア仕込みの優美な踊りが際立つ池本祥真、昨年入団後役柄の幅を広げ末頼もしい二山治雄。奴隷の少女ギュルナーラを金子仁美、三雲友里加、長谷川琴音という実力派が固める。ランケデムは池本、樋口祐輝、本岡直也が達者に演じるだろう。他のソリスト役の発表も待ち遠しい。
過去2回は東京文化会館で行われたが、今回は同会館の改修に際しての休館に伴い、新国立劇場 オペラパレスにおいて上演される。わが国を代表するオペラハウスであり、異なる額縁を通して新たな魅力に触れるのは一興だろう。なお、装置・衣裳(ルイザ・スピナテッリ)は、これまで同様ミラノ・スカラ座のプロダクション。品のある美しさによって、活力に満ちた舞台の中にも、古典の典雅な風格をもたらす。極上の夢舞台を満喫したい。
高橋森彦(舞踊・舞台評論家)
8月26日(水) 19:00
8月27日(木) 19:00
8月28日(金) 19:00
8月29日(土) 14:00
8月30日(日) 13:00
演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
会場:新国立劇場オペラパレス(初台)
S=¥18,000 A=¥14,000 B=¥11,000
C=¥8,000 D=¥6,000
U25シート=¥3,000
*ペア割引[S,A席]あり
*親子割引[S,A席]あり
メドーラ:伝田 陽美(8/26、8/28)、秋山 瑛(8/27、8/29)、中島 映理子(8/30)
コンラッド:柄本 弾(8/26、8/28)、宮川 新大(8/27、8/29)、生方 隆之介(8/30)
アリ:池本 祥真(8/26、8/30)、二山 治雄(8/27、8/29)、生方 隆之介(8/28)
ギュルナーラ:三雲 友里加(8/26、8/28)、金子 仁美(8/27、8/29)、長谷川 琴音(8/30)
ランケデム:樋口 祐輝(8/26、8/28)、池本 祥真(8/27、8/29)、本岡 直也(8/30)