バレエ界の革命児、ジョン・クランコが生み出したドラマティック・バレエ『オネーギン』に、今秋、東京バレエ団が14年振りに挑みます。2010年、東京バレエ団における初演を飾った斎藤友佳理(現・団長)と、今回、タチヤーナ役を務める2人のプリンシパル、沖香菜子と秋山瑛による上演記念トークの様子をお届けします。
*2026年8月8日〈めぐろバレエ祭り〉にて
〇登壇者
・司会:沖香菜子 東京バレエ団プリンシパル
・斎藤友佳理 東京バレエ団団長
・秋山瑛 東京バレエ団プリンシパル
【『オネーギン』ストーリー】
舞台は1820年代のロシア。田舎の地主の娘、少女タチヤーナは帝都サンクトペテルブルク育ちの青年オネーギンに憧れ、一世一代の決意で思いを手紙にしたためる。都会育ちのオネーギンは、その愛を冷ややかに突き放し、さらに友人であり、タチヤーナの妹、オリガの婚約者であるレンスキーを、つまらぬいさかいから決闘で殺してしまう。年月がたち、グレーミン公爵の妻となったタチヤーナ。その気高い美しさを目の当たりにしたオネーギンはタチヤーナの愛を熱烈に求めてくる。タチヤーナは胸にくすぶるオネーギンへの思いを抱きながら、人妻としての矜持と倫理を貫き、オネーギンを部屋から立ち去らせ、悲劇的な恋は終わりを迎える。
『オネーギン』への思い
沖香菜子:今日は司会を務めさせていただきます。友佳理さんがタチヤーナを踊ったのは、私が入団した最初の年でした。私にとって、そんな思い出がある作品ですが、友佳理さんにとっては、もっと思い出深い作品ですよね。
斎藤友佳理:『オネーギン』は、私が現役をしりぞいた作品ですが、上演するまでの年月がとても長かったの。1991年の〈世界バレエフェスティバル〉で、手紙のパ・ド・ドゥを踊ることになって、マリシア・ハイデとリチャード・クラガンの指導を受けたのです。ところが本番前日、ゲネプロを踊り終えた後に「『オネーギン』の全幕を踊ったことのないダンサーには、一部だけを踊ることは許可しない」という連絡が権利者から来まして。マリシアは深夜3時まで先方と交渉してくださっていて、私たちは本番当日、マリシアがドイツから持ってきた衣裳をつけ、メイクも髪もすべて彼女が助けてくださって、あらゆる用意をしてギリギリまで舞台袖で待ちました。でも、結局、許可の連絡がくることはなかったのです。
沖:友佳理さんのバレエ人生を変えた出来事だとうかがっています。
斎藤:あと数センチのところで踊れなかった。それで、この作品を踊るまではバレエを辞められない、と。そこから大怪我があり、(『オネーギン』)全幕を踊る夢がかなったのは20年後。そして、東京バレエ団の芸術監督になって、あなたたちと出会いました。バレエダンサーのキャリアにとって『オネーギン』は最終目標となる作品だと思っています。三大古典バレエで超絶的なテクニックを身に付けて、次にクランコの『ロミオとジュリエット』を演じることができたら、その次に『オネーギン』が来る、という道のりを指導者として頭の中で描いていました。
沖:昨年、友佳理さんから「もしかして『オネーギン』ができるかも。トライアウト(選考会)があるから心の準備をしておいて」と言われて、うれしかったと同時に、トライアウトは数カ月先だろうな、と思っていたら、なんと1週間後に決まって。「え、来週⁉」とあせりました。瑛さんはどうでした?
秋山瑛:トライアウトは鏡のパ・ド・ドゥとグレーミンのアダージオで、複雑なリフトの連続。何も分からぬまま挑戦しましたが、柄本弾さん、宮川新大さんの腕が、筋肉痛で日に日に上がらなくなっていく。そんな様子は初めて見ましたし、すごく難しい作品だと思いました。
沖:友佳理さんはどういう思いでトライアウトをご覧になっていましたか?
斎藤:もう、祈る気持ちで(笑)。クランコ財団による著作権管理が厳しい作品ですから、ダンサーたちのキャラクターがそれぞれの役に合っていないと思われたらどうしよう、と。2人がタチヤーナに選ばれてほっとしました。
『ドラマティック・バレエの最高峰、作品のキモは?
沖:ドラマティック・バレエの最高峰といわれる作品ですが、あらためて、どのあたりが?
斎藤:プーシキンの原作は8章からなる韻文小説で、原作はロシア語のリズムがとても心地いいのです。19世紀に生きたプーシキンはロシア人にとっては特別な作家で、「プーシキニスト」という言葉が定着しているくらい。6月6日の誕生日は、街の真ん中にある銅像をプーシキニストが囲んで、『オネーギン』を1章から順に朗読していく習わしがあるぐらいなんです。
沖:今回は美術と衣裳の担当が、ミラノ・スカラ座のピエール・ルイジ・サマリターニ。ポスター用の撮影でその衣裳を着けて臨んだのですが、最初はポーズをしても、自分が思っているのと違う雰囲気ばかりが写真に写っていました。
斎藤:2010年に上野の東京文化会館で全幕を上演した時は、クランコ作品と不可分のユルゲン・ローゼによる美術で、タチヤーナの衣裳は濃い茶色のドレスでした。実はその使用許可を取るのにも大きな壁があったり、物理的にユルゲン・ローゼの美術が使えなくなったりしており、使えるようになるのを待っていたら上演の機会を逃してしまう。今の東京バレエ団はダンサーが揃っていて、旬を迎えています。そこで初演の美術にこだわるのではなく、別の方にお願いすることを決断しました。それに、サマリターニによる紺色のドレスが、今のあなたたちには合っていると思っています。
沖:なかなかタチヤーナ役を演じる実感が持てなかったのですが、撮影の時、友佳理さんが「紺の衣裳が似合う」といってくださり、役に入り込むきっかけになりました。
秋山:それでも、自分が意図している雰囲気に近づけなくて、苦労しました(笑)。撮影では友佳理さんにポーズを細かく直していただきましたね。
斎藤:「あ、ちょっと待って! この足はこの角度」って、何回も。その日の夜、アップルウォッチの万歩計を見たら、すごい歩数になっていました(笑)。
高い演劇性が求められることで苦労したこと、実は・・・
秋山:海外のダンサーと話す時に、「次、何やるの?」と聞かれて「『オネーギン』」と答えると、すごくうらやましがられるんです。それほど世界のダンサーにとって特別な作品で、だからこそ簡単にはできないですよね。
沖:ひとえに『オネーギン』が持つ文学としての深みと、高い演劇性が求められますが、友佳理さんが初演で苦労された点はどこですか?
斎藤:演劇性でいうと、若いタチヤーナがオネーギンへの恋に焦がれる「鏡のアダージオ」は、パは難しいけれど、感情を入れやすいんです。
プーシキンの生きた19世紀ヨーロッパは、ナポレオン戦争が終わった後で、ロシアでは都会の人間が、英国のバイロンに影響されたりして、冷笑が洗練だという態度を身に付けてしまっている。一方、タチヤーナのような農村の地主の一族はその土地の伝統や自然、情緒を大切にして生きている。田舎の少女が男性に手紙で恋を打ち明けるなんて、そのことが知れたら、もうその土地で生きてはいけないというぐらい、当時は覚悟がいるものだった。そういう時代背景を、ものすごく勉強しました。
でもね、鏡のアダージオは、その直前に紗幕の後ろでパ・ド・ブレした後、30~40秒ぐらいの間に大急ぎで衣裳も髪も換えて、冒頭でベッドの中にいないといけない。その上で演技もするから、あまりにも忙しすぎるの(笑)。
「演じる」のではなく「その役を生きる」ことの大切さ
沖:そのタチヤーナの純粋さに対して、オネーギンって、ひどい人ですよね! 思わず怒りたくなります(笑)。
秋山:友佳理さんは「役を演じるのではなく、舞台上でその役を生きる」とおっしゃっていますが、私にとっては、そこがまだまだ難しいです。
沖:2010年の舞台では、入団したての私はリハーサルの音出しや撮影など裏方の仕事で、ひたすら友佳理さんの取り組みを横で見させていただいていました。当時は若くて、演劇性ということをあまり考えられなかったけれど、「演じる」のではなく「その人物がいる」ということが舞台で本当に起こるんだ、と感激したことは忘れられません。
斎藤:1991年の〈世界バレエフェスティバル〉のゲネプロではリチャード・クラガンと踊らせていただきました。自分ではタチヤーナを踊っていたつもりでも、今から振り返ると、クラガンに踊らされていたのだと思う。ただ、それまではクラシックのパをいかにマスターしているかにとらわれていた自分が、あのゲネプロの8分間で、バレエはそれだけじゃない、ということに目を開かされた。
バレエダンサーはパやポーズをマスターしていることが前提ですが、それは身体の動きを言葉に換えるため。アラベスクはポーズの完璧さで終わるのではなく、それが言葉となって、作品の奥深い世界を観客のみなさまに伝えて、本当のバレエになる。あなたたちが最終的にどこを目指すのか。なぜバレエを踊っているか。『オネーギン』を踊ることで、自らその意味を見出してほしいと願っています。
取材・文=清野由美(ジャーナリスト)
11月6日(金) 19:00
11月7日(土) 13:00
11月7日(土) 18:30
11月8日(日) 13:00
指揮:ベンジャミン・ポープ
演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
会場:新国立劇場 オペラパレス
S=¥18,000 A=¥14,000 B=¥11,000 C=¥8,000
D=¥6,000 U35シート=¥4,000
*ペア割引[S,A席]あり
*親子割引[S,A席]あり
[予定される主な配役]
オネーギン:柄本 弾(11/6、11/7夜)、宮川 新大(11/7昼、11/8)
タチヤーナ:沖 香菜子(11/6、11/7夜)、秋山 瑛(11/7昼 、11/8)
レンスキー:大塚 卓(11/6)、池本 祥真(11/7昼、11/8)、生方 隆之介(11/7夜)
オリガ:工 桃子(11/6)、足立 真里亜(11/7昼、11/8)、中島 映理子(11/7夜)
グレーミン公爵:安村 圭太(11/6、11/7夜)、樋口 祐輝(11/7昼、 11/8)