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Photo: James Bort

2026/10/07(水)Vol.551

ドロテ・ジルベール・インタビュー
アデュー公演を前に
2026/10/07(水)
2026年10月07日号
バレエ
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Photo: James Bort

ドロテ・ジルベール・インタビュー
アデュー公演を前に

2026年10月、パリ・オペラ座バレエ団での引退公演が目前となったドロテ・ジルベール。この夏、〈エスプリ・ドゥ・ラ・ダンス〉で来日した彼女に舞踊評論家の岡見さえさんがインタビュー。初来日から現在までの日本での印象、アデュー公演への思いなどを語ってくれました。

「もっと日本で全幕を踊りたかった」

――〈エスプリ・ドゥ・ラ・ダンス〉は、ドロテさんのパリ・オペラ座引退前の日本でのラストステージでした。初めて日本で出演したガラのことは、覚えていらっしゃいますか? 2004年の〈ルグリと輝ける仲間たち〉、スジェに昇進したばかりでした。

ジルベール:覚えていますよ! 出演はモニク・ルディエール、エトワールになりたてのマチュー(・ガニオ)、それからエレオノーラ(・アバニャート)、メラニー(・ユレル)も一緒でした。先輩たちの中で、私とミリアム・ウルド=ブラームは"べべ(赤ちゃん)組"(笑)。もう22年も経つのですね......。

――その3年後に24歳の若さでエトワールに任命され、パリ・オペラ座バレエ団の日本公演では『ジゼル』『シンデレラ』『マノン』『オネーギン』に主演、数々の名舞台を見せてくださいました。個人的には、2010年にマチアス・エイマンと踊った『ジゼル』に深い感銘を受けました。

ジルベール:あれは私の最初期の『ジゼル』でした。日本で踊れてとても嬉しかったこと、終演後に会場の外でお客さまが待っていてくださったことをよく覚えています。その10年後、2020年にはマチューと『ジゼル』を踊ったので、皆さまに私の成長を見ていただけたのではないでしょうか。私が最も重要だと考えているのが、全幕バレエで物語を初めから終わりまで紡ぐこと。もっと日本で全幕を踊りたかった、というのが今の心残りです。

――全幕公演も、ガラ公演も、日本にいながらドロテさんの芸術の深まりを見ることができて、私たちはとても幸せでした。

ジルベール:日本のお客さまは熱心に見続けてくださり、来日のたびに劇場に足を運んでくださいました。フランスでは必ずしもそうではないので、外国でこれほど温かく応援していただき、本当に胸がいっぱいになります。それを思うと、今も涙が溢れてくるほどです......。

『マノン』を踊るドロテ・ジルベール(パリ・オペラ座バレエ団2024年日本公演より)
Photo: Kiyonori Hasegawa
『ジゼル』を踊るドロテ・ジルベール(パリ・オペラ座バレエ団2024年日本公演より)
Photo: Kiyonori Hasegawa

――10月15日の『マノン』が、あなたのアデュー(パリ・オペラ座バレエ団引退公演)となります。これまでを振り返って、今、どんな思いがありますか?

ジルベール:本当に幸運なキャリアでした。最初の頃は経験豊かなエトワールたちに多くのことを教えていただきました。彼らが去った後はマチューやカール・パケットといった同年代のエトワールと踊り、それからユーゴ(・マルシャン)がやってきました。この頃から、今度は私がユーゴ、後にはギヨーム(・ディオップ)に教える立場になりました。これも、とても心地良い経験でした。若いダンサーは初めて踊る役にまっさらな状態で向き合いますから、私自身は何度も踊って何をすべきか把握しているバレエも、彼らの目で見つめ直し、新しい解釈で踊れるようになるのです。

「ダンスは自分に鞭打たねばならない時もある」

――今、ドロテさんから若いダンサーたちに伝えたいことは何でしょうか?

ジルベール:練習を重ね、日々自分を超えていくことに貪欲であって欲しいですね。常に最善を目指し、公演が上出来でも満足せず、次をもっと良くする方法を考える。気を緩めてはいけないのです。若いダンサーたちは上手いけれど、とことん突き詰めない印象があります。でも、ダンスは自分に鞭打たねばならない時もある。ダンスは楽ではないし、日々自分を駆り立てていく必要があるのです。私がオペラ座引退まで全幕バレエを踊るのは、続く世代にインスピレーションを与えたいから。35歳を過ぎて古典全幕を踊るのをやめてコンテンポラリーにシフトすれば、どんどん"楽"な方へ行ってしまうでしょう。私の先輩エトワールたち、マニュエル・ルグリ、オレリー・デュポン、アニエス・ルテステュも最後まで全幕バレエを見事に踊っていました。年齢を重ねても敢えて"きつい"バレエを踊り続け、努力する姿を後進に見せることは、とても大切だと思うのです。

『瀕死の白鳥』を踊るドロテ・ジルベール(2026年〈エスプリ・ドゥ・ラ・ダンス〉より)
Photo: Kiyonori Hasegawa

「私のキャリアは幸運でした」

――では、あなた自身がパリ・オペラ座バレエ団から受け継いだものは何ですか?

ジルベール:まず、いくつもの世代をつなぐ継承のかたちです。私が入団した頃は、マニュエル・ルグリ、イザベル・ゲラン、エリザベット・プラテルといったエトワールが私を含めた若手の目標であり、手本でした。作品も、制作当時を知るダンサーから後輩へと伝えられます。ヌレエフのバレエも、ヌレエフ自身のことばと共に伝えられていくのです。これはオペラ座バレエ団の大いなる遺産のかたちです。

次に、パリ・オペラ座の威光です。オペラ座のダンサーはガルニエ宮とバスティーユという素晴らしい会場で踊ることができますが、特にガルニエ宮の舞台に立つと、たとえそれがリハーサルでも、ダンサーはこの壮麗な建築を超えたい欲望に駆られます。ガルニエ宮には魂があって、劇場の歴史が自己のベストを尽くすようにと、日々私たちの背中を押してくれるのです。まるで壁にも、楽屋にも、舞台袖にも、そこを通り過ぎていった人々の魂が宿っていて、私たちを支えてくれるかのように......。もうすぐガルニエ宮は改修工事に入りますが、閉場されてはじめて、バレエ団のダンサーはこの建築が日々の生活であり、支えであったことに気づくのだと思います。実は私は、改修工事に入る前のガルニエ宮でアデュー公演を行う最後のダンサーです。この意味でも、私のキャリアは幸運でした。

ドロテ・ジルベール Photo: James Bort

取材・文:岡見さえ(舞踊評論家)