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Photo: Toshiaki Miyamoto

2020/09/16(水)Vol.406

ウィーン国立歌劇場
2020/21シーズン開幕レポート
2020/09/16(水)
2020年09月16日号
TOPニュース
オペラ

Photo: Toshiaki Miyamoto

ウィーン国立歌劇場
2020/21シーズン開幕レポート

世界中の歌劇場は、いまも閉鎖が続いていたり、特別プログラムでなんとかシーズン開幕を迎えるといった状況。そうしたなか、ウィーン国立歌劇場は例年通り、そして予定通り、9月7日に2020/21シーズンを開幕しました。開幕公演『蝶々夫人』の様子を、ウィーン在住の治田ヘーグナー幸子さん(ウィーン・フィルの名ホルン奏者、故ギュンター・ヘーグナー夫人)にレポートしていただきました。

160日間の閉鎖を経て、
待望の開幕を飾った『蝶々夫人』には、
ダメ!と言われても「ブラボー!」が飛ぶ

2020年9月7日月曜日。160日間の強制閉館を経て、ウィーン国立歌劇場の幕が上がった。
3月10日からの公演がコロナ禍のロックダウンにより中止となったが、当初は4月13日までという楽観的なものだった。しかし4月6日に2019/2020シーズンの公演は全て中止と発表になり、音楽ファンを驚愕させた。
国立歌劇場では6月8日から公演が再開されたが、それは観客数たった100名限定の室内楽コンサートであった。しかし、再びライブで音楽を聴くことができる喜びは大きく、14回のコンサートチケットは発売から30分で完売となったのだった。
そしていよいよ9月7日、聴衆も国立歌劇場関係者も待ちに待ったオペラの公演が再開となったわけだ。

シーズン幕開けの公演は、プッチーニの『蝶々夫人』。
ウィーン国立歌劇場での『蝶々夫人』の公演は1907年の初演以来数多く行われているが、今シーズンからの演出は同歌劇場3つめのプロダクションとなる。2008年に亡くなったイギリスの映画監督アンソニー・ミンゲラが手掛けたもので、2005年にメトロポリタン歌劇場で初演された。今回の公演では、ミンゲラの未亡人でこの演出に関わってきた香港生まれの舞踊家キャロリン・チョアが、監督兼振付を担当した。

色とりどりの舞台衣裳とは対照的に、抽象的で最小限の舞台装置、効果的な照明。舞台上に設置された鏡に華やかな衣裳が映し出され、万華鏡をのぞくかのよう。あるいは影絵のようでもある。
文楽からインスピレーションを得たということで、蝶々夫人とピンカートンの息子として、あるいは踊り(「舞」の方が表現としてはふさわしいか)でも人形が使われ、黒子が数多く登場(本来は「見えない」ことになっているわけだが)する。また、あちこちに歌舞伎のエレメントを発見することができる。

ウィーン国立歌劇場『蝶々夫人』より
Photo: Wiener Staatsoper/Michael Pöhn

タイトルロールを歌ったのはリトアニア出身のソプラノ、アスミック・グリゴリアン。彼女は2018年のザルツブルク音楽祭『サロメ』のタイトルロールで一気にスターの座にのぼった。彼女にとって『蝶々夫人』は"生まれる前から親しんだ"作品だ。彼女の母親が彼女を妊娠中に蝶々さんを歌い、また両親が蝶々さんとピンカートンを歌った時には、二人の子ども役で舞台に立ったこともあるという。新総裁のボグダン・ロシチッチも「オペラ歌手は歌えるだけでは不十分で演技力も必要だ」と語っているが、グリゴリアンは蝶々さんの期待や絶望を見事に演じ、歌いきった。

ピンカートン役は今シーズンから国立歌劇場のアンサンブルに所属することになった、イギリス人とイタリア人の両親の間に生まれた、フレディ・デ・トマーソで、この役のデビューであった。ほかの配役もレベルが高く、主役とうまく調和していた。

指揮のスイス出身のフィリップ・ジョルダン(父親もこの国立歌劇場で『蝶々夫人』を指揮している)にも、今シーズンからの音楽監督としてふさわしい第一歩となった。
もちろん、新総裁ロシチッチの第1弾としても、今後に期待を抱かせる大成功の舞台であった。

様々なコロナ対策下、座席数も全1709席のところ約1200人ほどの観客数ということもあり、例年のような華やかさには多少欠けるところがあったかもしれないが、終演後は、禁止されているにも拘わらずたくさんのブラボーの声があがった。特にタイトルロールを歌ったグリゴリアンには惜しみない拍手が贈られた。

文:治田ヘーグナー幸子(在ウィーン)

ウィーン国立歌劇場『蝶々夫人』より
Photo: Wiener Staatsoper/Michael Pöhn

ウィーン国立歌劇場『蝶々夫人』リハーサルの動画はこちらから