ウィーン国立歌劇場を訪れた方は、開演前に舞台にかかるアーティスティックな緞帳をご覧になったことがあるでしょう。客席と舞台を仕切る"鉄のカーテン"とも呼ばれるこの緞帳は、火災時の防火幕として機能するものです。ウィーン国立歌劇場では、毎シーズン、世界の有名アーティストによるデザインが起用されています。
2020/21シーズンはアメリカの写真家キャリー・メイ・ウィームスの作品「クイーンB(メアリー・J・ブライジ)」が選ばれました(*メアリー・J・ブライジは、1971年にアメリカのニューヨークで生まれたアメリカ人で、「クイーン・オブ・ヒップホップ・ソウル」と称される生きる伝説的アーティスト)。
キャリー・メイ・ウィームスは、黒人女性のアイデンティティをテーマに、視覚芸術の分野で独自の表現を確立し、国際的な活躍が認められているアーティストです。
キャリー・メイ・ウィームズの作品:「クイーンB(メアリー・J・ブライジ)」。
Caption: Carrie Mae Weems, Queen B (Mary J. Blige), Safety Curtain, museum in progress, Vienna State Opera, 2020/2021
Credits: © museum in progress (www.mip.at)
さて、ではウィーン国立歌劇場の"鉄のカーテン"についてもご紹介しておきましょう。
ヨーロッパの歌劇場のなかには、火災による焼失から再建され、現在に至るという歴史をもつところがいくつも見られます。19世紀後半に電球が普及するまでの舞台照明がロウソクやガス灯であったため、なにかのはずみで舞台セットに火がついてしまうなど、ひとたび舞台上で火が燃え上がると劇場全体へと火がまわることを防ぐことは困難でした。また、電気の照明が使われるようになっても、漏電からの失火ということもあったようです。
ウィーン国立歌劇場も、1881年に大火災に見舞われます。オッフェンバックの『ホフマン物語』の開演を前に、舞台から煙が上がり、パニックを起こした観客400人以上が犠牲になったのです。この惨事を教訓として、ウィーンをはじめとしたオーストリアの劇場では、舞台からの火煙を遮断する壁となるものを観客に示さなければならないという法律が制定されました。舞台と客席の間を仕切る緞帳が"鉄のカーテン"と呼ばれるのは、火煙を遮断する素材(鉄)でできていることに由来しているのです。ちなみに、アート作品は磁石で固定されているとのこと。
ウィーン国立歌劇場の"鉄のカーテン"には、1998年以来アート作品が用いられ、今シーズンで23回を数えます。これまでに、カラ・ウォーカー(米)、マシュー・バーニー(米)、リチャード・ハミルトン(英)、ジュリオ・パオリーニ(伊)、トーマス・ベイレル(独)、タシタ・ディーン(英)、マリア・ラスニック(オーストリア)、リクリット・ティーラワニット(アルゼンチン)、ジェフ・クーンズ(米)、ローズマリー・トロッケル(独)、フランツ・ヴェスト(オーストリア)、サイ・トゥオンブリー(米)、ケリス・ウィン・エヴァンス(英)、デイヴィッド・ホックニー(英)、オズワルド・オーバーフーバー(オーストリア)、ジョアン・ジョナス(米)、ドミニク・ゴンザレス=フォルステル(仏)、タウバ・アウアーバッハ(米)、ジョン・バルデッサリ(米)、ピエール・アレシンスキー(ベルギー)、マーサ・ユングヴィルト(オーストリア)などの作品が起用されました。