東京バレエ団のレガシーが、新鮮なアイディアで輝きを増した。主人公の少女がクリスマス・ツリーの奥へ進むと、そこに夢の世界が広がっているという発想が素敵である。
同団の「創立55周年記念シリーズ」はウェルメイドな舞台の連続だったが、なかでも昨年12月に初演された『くるみ割り人形』はひときわ魅力的であった。芸術監督・斎藤友佳理の手による、同団として37年ぶりの改訂である。ロシア・バレエの精華とも言うべきワイノーネン版の振付をしっかりと受け継いだ上で、物語に手を加え、装置・衣裳をロシアで新たに製作したプロダクションであり、伝統と革新のバランスが申し分ない。以下、新演出の独創性と踊りの完成度について紹介しよう。
第1幕前半、主人公マーシャの家でクリスマス・パーティーが開かれる。アンドレイ・ボイテンコのデザインによる大広間は、天井が高く、どっしりとした木造の内装で風格がある。演出には、細かな工夫がいくつも加えられている。例えば、マーシャがくるみ割り人形をドロッセルマイヤーにねだり、手に持っていた別の人形と交換してもらう場面など印象に残る。第1幕後半、マーシャは人形とねずみの戦いに巻き込まれる。ここの演出では、大広間からマーシャの寝室へ場面が変わり、さらに大広間へ戻るという、テンポの速い場面転換に感心した。寝室のデザインも重厚感があって良い。
東京バレエ団「くるみ割り人形」 2019年公演より
Photos: Kiyonori Hasegawa
第2幕は演出がとりわけ独創的だ。マーシャがくるみ割り王子と一緒に、巨大になったクリスマス・ツリーを登ってゆくと、モミの枝にきらびやかなオーナメントが吊るされている。見上げると、オーナメントの隙間から、各国の衣裳を着たお菓子の国の住人たちが顔を出して挨拶をする。ディヴェルティスマンでは、彼らが1組ずつモミの枝から下りてきて、マーシャの前で踊りを披露するという演出である。その後さらにツリーの頂上にたどりついたマーシャは、白いチュチュ姿に変身し、青空の下で王子とグラン・パ・ド・ドゥを踊り、クリスマスのファンタジーは完結する。
東京バレエ団「くるみ割り人形」 2019年公演より
Photo: Kiyonori Hasegawa
初演の舞台では、東京バレエ団のダンサーたちの舞踊水準の高さにも改めて感心した。それはコール・ド・バレエの美しさに表れており、第1幕の「雪の精のワルツ」と第2幕の「花のワルツ」は素晴らしい見どころになっている。「雪の精のワルツ」は、ワイノーネン版そのままの難しい振付にもかかわらず、16人の女性ダンサーの動きは、回転・跳躍も細かい足さばきも気持ちよく揃っていた。「花のワルツ」は、男女12組のペアリングの巧みさと、丁寧で優雅なポール・ド・ブラに、バレエ団の実力を実感した
プリンシパル、ソリストの踊りが見どころなのは言うまでもない。第2幕の「金平糖の精のパ・ド・ドゥ」は、主役の組ごとにそれぞれの個性が発揮され、見比べるのが楽しい。
演出も踊りも、クラシック・バレエの王道を行くオーセンティックな仕上がりで、東京バレエ団のレパートリーとして新しい宝物となるのは間違いない。この心温まる少女の夢の物語は、一度見れば何度も見たくなる魅力に溢れている。
海野 敏 (東洋大学教授・舞踊評論家)
12月11日(金)19:00
12月12日(土)14:00
12月13日(日)14:00
会場:東京文化会館
マーシャ:
沖 香菜子(12/11)
秋山 瑛(12/12)
金子 仁美(12/13)
くるみ割り王子:
秋元 康臣(12/11)
宮川 新大(12/12)
池本 祥真(12/13)
演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
児童合唱:NHK東京児童合唱団
S=¥11,000 A=¥9,000 B=¥7,000
C=¥5,000 D=¥4,000 E=¥3,000
※ペア割引[S,A,B席]あり
※親子ペア割引[S,A,B席]あり
U25シート ¥1,000
※NBS WEBチケットのみで11/5(木)20:00から引換券を発売。