NBS News Web Magazine
NBS日本舞台芸術振興会
毎月第1水曜日と第3水曜日更新

2025/08/20(水)Vol.524

ミラノ・スカラ座元ジェネラル・ディレクター
マリア・ディ・フレーダさん逝く
2025/08/20(水)
2025年08月20日号
オペラ
関連情報

ミラノ・スカラ座元ジェネラル・ディレクター
マリア・ディ・フレーダさん逝く

8月13日、イタリアの各紙をはじめ、数々のネットニュースでミラノ・スカラ座のマリア・ディ・フレーダさんの訃報が数々伝えられました。ディ・フレーダさんと長年の親交をもつ田口道子さんが、イタリアでの報道の一部を紹介してくれました。
日本では、オペラ・ファンといえども、彼女の名を知る人は多くないかもしれません。表舞台に立つことはありませんでしたが、イタリアでは、ミラノ・スカラ座を支える重要な人物であったことはたしかに認められています。安らかにお眠りください。

*********

ミラノ・スカラ座のジェネラル・ディレクターを務め、1995年から8回にわたるスカラ座日本公演に尽力されたマリア・ディ・フレーダさんがお亡くなりになりました。昨年から病魔と闘っておられましたが、ちょうどミラノに滞在していた私は日本への帰国前日にご自宅に伺ってお見舞いと再会を約束したばかりだったため、その三日後に亡くなったというニュースに大きな衝撃を受けました。イタリアでは新聞やテレビのニュースでも彼女の死を悼んで大きく報道されました。その一部をご紹介したいと思います。

il Giornale Milano ミラノ・イル・ジョルナーレ紙
訃報:月曜日に逝去
さようなら マリア・ディ・フレーダ
スカラ座は愛すべき『女帝』を失う

1973年からスカラ座に勤務し、2008年にはジェネラル・ディレクターになった。
ベッリザリオ金のリンゴ賞などを受賞

部下の一人はこう語った:「恐ろしいほど厳格な性格で毎日のように怒鳴りつけられたけれど、何があっても常に我々を防御してくれた。オフィスでは家族のような繋がりを作ってくれていた。真底人間味あふれる人だった。

マリア・ディ・フレーダは月曜日(8月11日)に亡くなった。彼女はミラノ・スカラ座に人生を捧げたと言っても過言ではないだろう。1973年4月にパオロ・グラッシ総裁率いるスカラ座に入った。そののち6人の総裁の下で働き、政治的な多くの問題やスカラ座の大改装、劇場の改革などを第一線で乗り越えた。カルロ・フォンターナ総裁時代にはスカラ座総裁アシスタントとなり、ステファン・リスナー総裁時代にジェネラル・ディレクターとなってその座はアレクサンダー・ペレイラ総裁、ドミニク・マイヤー総裁時まで引き継がれた。
彼女は常にスポットライトを浴びることなく地味に劇場を支え続けた。
2021年に国の制度に従って定年退職となった。彼女は在職中32カ国における85回の国際的なツアーを実現し、国営放送RAIとの協力関係を結びスカラ座の活動を世界に発信した。彼女のスカラ座への貢献は誰もが認めるところである。

文責:田口道子(演出家)