東京文化会館の2026年5月からの長期閉館まで、同会館とのエピソードを紹介するシリーズ2回目は、NBSの公演にはなくてはならない存在のスタッフの声から。これまでの東京文化会館の歴史を振り返るとき、公演そのものに焦点が当てられるのは当然のことですが、実はその公演を実現させるためには、スタッフの知恵や工夫が必要不可欠です。もっとも、ここでは彼らの苦労話をお伝えするわけではありません。"私たちがどう使っていくかを工夫することは劇場を育てることにもなる"というスタッフの言葉の意味を、じっくりひもといてみます。
NBSが主催するオペラやバレエの公演には不可欠な存在である舞台監督・技術監督の立川好治さん(ニケ・ステージワークス代表取締役)が、40年余の経験を振り返りながら「私もまだ若くて、経験が浅かったころだったけれど、とにかく衝撃を受けたんですよ」と語るのは1981年のミラノ・スカラ座日本公演の際のことだ。
「なにが衝撃だったかって、なにもかも! スカラ座側のテクニカル・ディレクターっていうのは直接作業をするのではないから、現場では大道具のチーフが判断することになる、で、日本公演用の図面なんて無いから、おっきな木材とか柱とか壁のパネルとかいろんなものをガンガン持って来るので、劇場に入り切らない。そしたら、"じゃ、切ればいいじゃないか"って言い出すようなね......。いまでは笑い話みたいな状況があったわけです。そのときにこれは本気でやらなきゃ、と思った。私自身、この道で本腰入れてやっていこうと決意したってことですね」
立川さん自身、本腰を入れて、まさにパイオニアとしてやって来た。作品を知ることや事前に詳細な打ち合わせをする、現地の図面から日本での公演用に舞台図面を起こし、巨大で大量な引越し公演のオペラの舞台装置を、どの順番でどう搬入するかなど、綿密にプランを作る...... これらは、それまで誰もやっていなかったことだったのだ。
しかし、本場の歌劇場との劇場機構の違いによる難題は、個人で解決できることではない。
「たとえば当初東京文化会館のバトン(舞台上での吊物機構)の数は海外の歌劇場とは比べ物にならないくらい少なかったんです。私たち現場の人間は公演を実現するためにさまざまな工夫をするしかないわけですけどね。でもそうした現場の"声"は(東京文化)会館にも届いて、1997年から99年の改修のときにバトンの数が2倍以上に増えたんです」
東京文化会館は1961年の竣工後、何度も改築や改修が行われている。立川さんが挙げた1997年からの改修はそのなかでも舞台機構を主とした、最も大規模なものだった。このとき、大ホールの奈落が深く掘り下げられ、舞台後方の音響反射板が箱ごと地下に格納される仕組みが完成した。この機構によってバトンの数を増やすことが可能になった。これは、たとえば舞台公演の合い間にオーケストラ・コンサートを開催しなければならないといった場合に大きな効果をもたらす。オペラ、バレエの際には下に下げた「箱」の上面が舞台になるので、オーケストラ・コンサートの準備の際には、「箱」を上げることでひな段の設置などにかかる時間が短縮できる。一方「箱」の上面に舞台公演で必要な床板をそのままにするということも可能になる。
ちなみに、今年10月に行われたウィーン国立歌劇場日本公演で上演された『ばらの騎士』は1994年以来の再演となったが、この間に行われた改修により、前回と今回で舞台装置にちがいが生まれたことに気づかれた方はどれくらいいるだろうか? 今回は第3幕の居酒屋に天井があったのだ。吊り物で設えるこの天井、1994年の際には吊ることができなかったため、ウィーン側と相談のうえ、ほかの方策がとられていたのだった。
東京文化会館の建築家前川國男氏は生前、「建築は完全なものに育てていかなければならない」と考えていたと、いくつもの記録に見ることができる。前川氏の言う「育てる」とは、建物として保全・管理するということではなく、もっと広範な意味をもつ。東京文化会館がリハーサル室の増築や改修をはかったことや、件の舞台機構の大改修を行ったことは、氏の考えを継承したうえでのこと。単なる建築的なことではなく、そこで行われる公演の充実、さらには文化の在り方を追求するものといえるだろう。そしてそのために、実際にこの劇場を使う人々の声も聞き入れられていることが、東京文化会館を真の意味で育てていると感じる。
「希望を言えばまだまだたくさんありますけどね」と言いながら「それでも東京文化会館は現在の日本のメイン・オペラハウスだと思っています。私たちがこれをどう使っていくかということが、劇場を育て、自分たちも成長していくことになるんじゃないでしょうか。運用面ということでは、まだまだ工夫できることがあると思うんですよ」と立川さん。オペラの本番と撤収のため何日も徹夜作業をしたことも、大型の装置をどうすれば東京で実現させることができるか悩んだことも、コンピュータ制御の不具合で緞帳が降りないといったハプニングが起こったことも、......さまざまな"苦難"を思い出しながらも、変わることのない東京文化会館への愛着が、NBSのオペラ、バレエの舞台を支えている。
数ある"お宝"の一つとして挙げられるのは、舞台袖の壁に掲げられた数々のサインボードです。それまでも柱や壁のあちこちに直接書かれていましたが、舞台スタッフの発案により、1994年ごろからそれぞれの公演でボードが作られるようになりました。出演者たちのサインが書かれるボードは、舞台製作のプロが手がけた唯一無二のここにしかない!という貴重なものです。来日する団体ごとに、その都度新たなボードが作られますが、上演作品やカンパニーの特徴などが反映され、時を経るにしたがって装置の一部を立体的に組み込んだり、趣向を凝らしたものも。
ここではその一部をご紹介!