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2020/07/01(水)

新「起承転々」 漂流篇 vol.41 三島由紀夫の魂
2020/07/01(水)
2020年07月01日号
起承転々
連載

新「起承転々」 漂流篇 vol.41 三島由紀夫の魂

三島由紀夫の魂

 長引くコロナ禍にうんざりしている。予定していた公演はいまも次々に延期や中止に追い込まれている。「新しい生活様式」を求められ、日増しにストレスが滓(おり)のように溜まってきているのを感じる。この自粛期間にNBSも遅ればせながらデジタル化を進めなければならないと思い、NBSニュースも今月からウェブマガジンとしてスタートさせたが、いかがだろうか。もはや、世界全体がコロナ禍以前に戻れないのは確かだ。我々の使命は、この難局にあっても舞台芸術という文化の灯を絶やさないことだと思っている。国が人の命を守るのが最優先で、次に経済の復興だというはわかるが、文化の重要性を忘れてもらっては困る。私は日本という国のかたちをつくっているのが文化であって、国家の品格は文化によって決まるのではないかと思っている。今回のコロナ禍は世界に大きな爪痕を残すに違いないが、経済の復興優先で文化が置き去りにされはしないかと、どうしても憂えてしまうのだ。
 このコラムでもコロナ禍ばかりを取り上げてきたが、気持ちを前向きに切り替え、本業の舞台芸術を1日も早く回復させなければならない時期にきていると感じている。当方が10月に控えている公演にモーリス・ベジャールが演出・振付けした『M』があるが、私にとってこの作品には格別な思いがある。
『M』とは三島由紀夫の頭文字のMである。今年、あの衝撃的な死から50年目を迎える。先ごろ公開された「三島由紀夫VS東大全共闘 50年目の真実」という映画を観たが、タイムスリップしたような錯覚に陥った。正直、あの時代の熱気を懐かしく羨ましく感じる。若い世代にとってはすでに歴史の一コマになっているかもしれないが、私にとって三島事件は心に突き刺さっている棘のようなものだ。
 ベジャールが『仮名手本忠臣蔵』をテーマにした『ザ・カブキ』の後、1993年に三島由紀夫をテーマにしたバレエを創ると聞いたときは、さすがに驚いた。どうやら、作曲家の故・黛 敏郎氏がベジャールに薦めたらしかった。私にも人並みに多感な悪童時代があり、当時、一番関心のあった作家が三島由紀夫だったので、三島が陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自殺をしたという報に接したときには、混乱して頭の中が真っ白になったことをはっきり憶えている。
 個人的な話になるが、その日学校から帰って、熱に浮かされたように父親と事件のことを話し合った。父親と対等に議論したのはその時が初めてで、今ふり返ればそれを契機に私は大人の仲間入りをしたように思う。その後、なぜ三島はあのような事件を起こしたのか知りたくて、次々に出版された三島本を読み漁った。その「無駄知識」が、ベジャールが三島のバレエを創るにあたっていくらか役に立ったことが、私の秘かな自慢になっている。そもそも三島をテーマにしたバレエを創ろうという発想自体が破天荒で、その創作現場に立ち会えることは運命的な出来事であったとしか思えない。
 ベジャールが『M』を創作中のある日、ベジャールから『葉隠』の有名な言葉は何だっけ、と尋ねられた。私は即座に「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり」のことですかと答えた。ベジャールは三島が『葉隠入門』という本を書き、山本常朝の『葉隠』に心酔していたことを知っていて、『M』の舞台で少年時代の三島役の子役にこの言葉を言わせている。三島は死を覚悟することが、生に自由や情熱、行動をもたらすという『葉隠』の哲学を信じた。私の「無駄知識」が役に立ったことはほかにもあるのだが、ここで披露するには紙数が足りない。ベジャールは私が三島について詳しいことに気がついていたようだ。
 50年前の11月25日、三島は自衛隊の決起をうながす演説をしたが果たさず、「天皇陛下万歳」と叫んで割腹自殺を遂げる。三島は若くして悠久な歴史の申し子といわれ、その才能を認められたが、三島はこの日本で一番長く続いている天皇家、すなわち「天皇制」を守ることで、日本の伝統、文化を守ることができると考えたようだ。政治体制ではなく、伝統、文化の「天皇制」をめざしたのだ。時は移り、いまコロナ禍による非常事態だからこそ、日本の文化を守らなければならないと思う。
 誤解のないように申し上げるが、私は三島崇拝者でもなければ右翼でもない。三島は天才だが、一人の人間としてはとても複雑な面をもった「変人」で、自己顕示欲の塊のような人だったのではないかと思っている。三島は死の先のことまで考えていたのではないか。自裁した日、三島の書斎の机の上には「限りある命ならば、永遠に生きたい」と記された紙片が残されていたという。私はこの言葉が三島事件の謎を解くキーワードだと思っている。永遠に人々に語り継がれるために、あの死に方を選んだというのが、謎を解き明かしたいと思い続けてきた私なりの結論だ。三島の死から50年を経た今、あの衝撃的な死によって、三島は永遠の生命を得たことは疑いの余地がない。
『M』初演を観た文芸評論家の故・奥野健男は、「ぼくはホール全体に三島由紀夫の魂がいきいきと蘇るのを、この目で、この耳で確かめた」と評している。没後50年を機に10年ぶりに再演する今回の『M』によって、現代の観客にも三島の魂にふれてもらいたい。三島はベジャールの『M』に乗って還ってくる。コロナ禍で世の中が疲弊している今だからこそ、あの火傷しそうな時代の熱気が戻ってほしいのだ。

髙橋 典夫 NBS専務理事