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2020/10/07(水)Vol.407

新「起承転々」 漂流篇 vol.44 Go To シアター
2020/10/07(水)
2020年10月07日号
起承転々
連載

新「起承転々」 漂流篇 vol.44 Go To シアター

Go To シアター

 大きな足かせだった劇場の50パーセント入場制限がようやく解除された。9月19日の解除後、東京バレエ団の「ドン・キホーテ」の公演が9月26日と27日にあった。本格的な公演は3月の東京バレエ団の「ラ・シルフィード」以来6カ月ぶりのことになる。劇場の客席もホワイエはもとより、舞台裏もオーケストラ・ピットも楽屋も、徹底した感染対策を施しての公演だった。ダンサーたちも久々の本格的な公演で、燃えに燃えていた。観客も飛沫感染防止のため「ブラヴォー」禁止だったこともあって、一人ひとりの拍手に力がこもっていたように感じた。終演後のカーテンコールでは3公演ともスタンディング・オベーションがくり広げられ、お客さまも公演再開を心待ちにしていたことが直に伝わってきた。ようやく再開はできたものの、解除されても公演日まで日にちがないこともあって、客の入りは半分にも満たなかった。観客がコロナ禍前の状態に戻るためにはまだまだ時間がかかりそうだが、それでも復活の狼煙を上げることができたという喜びはある。
 公演を終えて翌々日、朝刊をめくっていたら「文化芸術への補助金 申請したいけど」(朝日新聞9月29日付け)という見出しのついた記事を見つけた。コロナ禍で影響を受けた文化芸術関係者への文化庁の補助金が、打撃を受けている関係者が多いにもかかわらず、申請者が少ない原因を追った記事だった。第2次補正予算で文化庁の「文化芸術活動への緊急支援パッケージ」に対して509億円がついたことから、我々瀕死の状態にある芸術団体は色めき立った。
 私もここまで第2次補正予算の陳情をはじめ、実演家団体の会合に出席するなど、微力ながら額に汗しながら奔走し、通常の仕事とは違う忙しさを味わってきた。緊急支援パッケージは次の3つに分かれている。(1)標準的な取組を行うフリーランス等向けに、上限20万円。(2)より積極的な取組を行うフリーランス等向けに、上限150万円。(3)小規模団体向けに、上限150万円。というように、フリーランスを含む個人を対象とした補助金になっている。この制度についての説明会などに私も何回か出席したが、「使い勝手が悪い」という声があちこちから漏れてきた。この支援は使い道が自由な給付金ではなく、活動の経費を支援する「補助金」だから、自己資金があることが前提になる。出費に対して補助する仕組みなので、満額の20万円をもらうためには30万円の経費が必要になり、その出費を証明しなければならない。そもそも個人のアーティストたちはこうした手続きには慣れていないので、喉から手が出るほどお金が欲しくても諦めている人も多いようだ。
 一番の問題は個人や小規模団体が対象で、芸術団体そのものに対する支援が手薄なことだ。私は例を挙げ、トヨタ自動車が潰れたら、トヨタに連なっている関連会社や部品をつくっているメーカーも潰れるのだから、まずトヨタを救わなければならないのではないかと訴えてきた。NBSが潰れれば、東京バレエ団のダンサーも舞台スタッフも路頭に迷うだろう。個々のダンサーや舞台スタッフを補助して救っても、働き場がなくなったら元も子もない。舞台芸術の場合、舞台の灯を消さないということは、個人を守ることもさることながら団体を守ることを優先させなければならないのではないか。
 コロナ禍による非常事態の中、短期間で誰もが満足いく補助金の支援制度をつくることは難しかったと思う。実際、現場の行政マンが連日徹夜で作業していたのも知っていて、彼らには敬意を表し、感謝もしているが、それでもどうしても我々舞台の現場の声が反映され、もっと補助金が有効に活用される支援制度ができなかったものかと思ってしまうのだ。
 記事によれば、萩生田文科相は定例会見で「文化芸術関係者の多様な働き方などに対応する十分な準備がなかったと説明」とあったが、当初計画されていなかった第4次募集が追加されるようだから、第4次では実態に合った支援が得られるように改訂して、もう少し柔軟に使えるようにしてもらいたいと切に願っている。
 入場制限が解け、劇場に100パーセント観客を入れられるようになっても、客入りは簡単には回復しないだろう。来年は相当きびしい年になるはずだ。折しも、令和3年度の文化庁概算要求で、コロナ対応関係として520.1億円が計上されている。舞台の仕事は、お客さまに劇場に来てもらわなければ成立しない。何よりも観客動員がV字回復するために必要な予算を、しっかりと組んでもらいたい。
 「Go Toトラベル」はなんだかんだといっても観光業における回復の流れの潮目になっているようだ。10月半ばから経産省の「Go Toイベント」が開始されるが、3月中旬で終了することになっている。来年度の4月以降も簡単には観客が劇場に戻らないだろうから、文化庁には「Go Toイベント」の文化芸術版といえるような舞台芸術の需要を喚起するような仕掛けを我々と一緒になってつくってもらいたいと思う。長期戦になるのは間違いないから、人々が劇場に戻るきっかけを継続してつくっていかないと、劇場文化が衰退の一途をたどるのは目に見えている。50パーセント制限の足かせが解かれたいま、ここからの復活が我々にとって真の正念場だと思っている。「Go Toシアター」、消えかけている舞台芸術の灯を盛り返すために、今こそ皆さんが劇場に足を運んでくださることを心から願っている。

髙橋 典夫 NBS専務理事