フランスが再びロックダウンに入った。欧米では新型コロナウイルスの第2波が猛威をふるっている。ドイツもイタリアの劇場もほぼ1カ月間閉めるという。ニューヨークのブロードウェイの劇場は来年5月まで閉鎖し、メトロポリタン・オペラも来年9月まではリンカーンセンターでの公演は行わないらしい。舞台芸術にとっての危機だ。それぞれ国の劇場文化に対する考え方や支援の仕方も違うだろうから一概には言えないが、このコロナ・パンデミックが世界の劇場文化に与えた打撃は大きく、元の世界に戻れないのではないかと不安が募る。
一方、我が国の舞台芸術の団体は7月から恐る恐るではあっても、厳しい感染対策をとりながら活動を再開してきている。このまま第2波をしのいで、一日も早くコロナ前のように観客が劇場に戻ってくれることを願うばかりだ。じつは私は分不相応ながら9つのバレエ団で構成される一般社団法人日本バレエ団連盟の理事長の職にある。演劇界やクラシック音楽界がコロナ禍対策のために団結して、感染対策のガイドラインづくりや公的な助成金獲得に向けて動き出したのを見て、バレエ界としても行動を起こさなければならないと考え、まず6月から情報交換を活発化させた。7月に文化庁から「文化芸術活動への緊急総合支援パッケージ」が発表されたのを受け、「オール・ジャパン・バレエ復活ガラ」の企画を「収益力強化事業」に申請してはどうかと日本バレエ団連盟の加盟団体に提案した。コロナ禍から日本のバレエ界が一致団結して合同公演を行い、復活の狼煙を上げようというものだ。この「復活ガラ」のためにバレエ「火の鳥」のバレリーナをあしらったロゴマークをつくった。日本のバレエがコロナの炎の中から不死鳥のように蘇るというイメージだ。
加盟の各団体とも賛同してくれ、9月26日・27日に東京文化会館で開催しようということになった。中止になったミラノ・スカラ座日本公演のために会場を確保していた日程だ。ただし、各団体ともコロナ禍で大きな経済的な損失を負っているので、文化庁の助成金を得られることによって赤字にならないことが大前提だった。この「収益力強化事業」の仕組みがなかなか複雑なので、ここでの紙幅で説明しても、読者の理解を得るのはむずかしいと思っている。「公募1」、「公募2」、「公募3」の採択基準の違う3通りに分かれているのだが、「公募1」は「文化庁」が「受託者」を募集し、採択された「受託者」が指定ジャンルの事業を展開する建て付けになっている。本事業にエントリーする企業と連盟との共同企画ということになる。コロナ禍の非常事態の中、バレエ界を挙げての取り組みだから何とか通るだろうと高をくくっていたら、連盟が組んだ相手企業が「公募1」に不採択となってしまったのだ。落胆した。それでもこの企画を諦めきれずに、公演日をモンテカルロ・バレエ団のために東京文化会館を押さえていた11月8日・9日に延期し、あらためて「公募2」で助成を受けられる道を模索した。何人もの人を巻き込んで関係各所と交渉を続けた。
「公募2」は「公募1」で採択された「受託者」が「芸術団体」を募集するもので、9月中を目途に募集をかけ、10月半ばまでに採否が決定されるということだった。「公募2」の申請相手になる新たな「受託者」を探していたが、なかなか「公募2」の内容が発表にならない。この制度自体がコロナ対策の急ごしらえだから、「受託者」のほうも公募を始めるための準備が追いつかなかったのだろう。公演日が11月初旬ではチケットの販売期間が短すぎるので、公演が中止になって東京文化会館が空くことになった年明けの1月8日・9日に再度延期することにした。その後、ようやく「公募2」の募集が順次始まったものの、採否の結果発表は当初の予定から1か月半遅れの11月末だ。「公募2」では採択される可能性は高いと感じていたものの、助成金も「公募1」で想定していた金額の半分以下しか望めない。そうなると当初の計画より公演の規模を縮小し、経費を削減しなければならない。それに公演まで1カ月余の期間で2公演分のチケットを売り捌く必要がある。一方で、50パーセントの入場制限も解除され、各バレエ団それぞれが活動を再開していて、復活の狼煙を上げるというテーマも薄らいでしまった。そこで、連盟の参加団体にあらためて意向を尋ねたところ、どの団体もこのまま突っ込んでいくことに不安を感じているようなので、残念ながら開催を断念することにした。「復活ガラ」は幻に終わったのだ。
私は一度決めたことを何とかして実現しようとする思いが強すぎて、それが災いすることがあるのだが、冷静に考えれば当然な結論だろうと思う。はからずもご迷惑をおかけすることになった方々には、この場を借りてお詫びしたい。力およばず制度の壁を突破できなかった。それにしても、第2次補正で文化芸術のために約500億円もの予算がつき、使い切れない予算がたくさん残っているらしいのに、現場の実態と突貫工事でつくられた制度が相容れないのか、日本のバレエ界復活のためという「大義名分」が通らなかったことが残念でならない。
コロナ禍終息後の社会は、かなりのものが元通りにはならず、自分たちが安心して暮らせる新しい生活様式へ変化するだろうと言われている。新しい時代へ向けて変化できる人や組織だけが生き残れる、優勝劣敗が顕在化する二極分化社会になるらしい。はたして旧態依然のバレエ界はどうだろう。このコロナ禍で瀕死の状態だった日本のバレエ団は、炎の中から「火の鳥」のように復活し、永遠の時を生きることができるのだろうか。
髙橋 典夫 NBS専務理事