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2020/12/02(水)Vol.411

新 起承転々 漂流篇 vol.46 不安の時代
2020/12/02(水)
2020年12月02日号
起承転々
連載

新 起承転々 漂流篇 vol.46 不安の時代

不安の時代

 新型コロナウイルス感染の第3波が押し寄せ、人々の不安を煽っている。世界各地でも猛威をふるっていて、欧米の主要な劇場も再び閉鎖されている。日本の劇場は、この夏から恐る恐る活動を再開していて、少しずつ回復基調に乗ってきたと感じてきていただけに、第3波の襲来は脅威だ。
 先日、ウィーン・フィルの来日公演が行われた。海外からの団体は入国制限があって、NBSもモーリス・ベジャール・バレエ団、パリ・オペラ座バレエ団と英国ロイヤル・バレエ団のダンサーたち出演による「バレエ・スプリーム2020」、ミラノ・スカラ座、モンテカルロ・バレエ団の日本公演と、ことごとく中止に追い込まれてしまった。当方の主催公演以外でも次々に来日公演の中止が発表されたが、11月半ばのウィーン・フィルの来日演奏会だけは中止のアナウンスが出なかった。なんとか実現すべく可能性を探っているようだという噂が聞こえてきたが、実現してもらうことで規制緩和の突破口になればと、主催者の奮闘に陰ながらエールを贈っていた。オーストリアのクルツ首相から公演を求める親書もあったそうだが、国際的な往来が制限されるなか、14日間の待機措置もない、いわば超法規的な措置によって来日演奏会が実現した。日本経済新聞(11月21日付け)によれば、「出入国時に検査で陰性を確認し、チャーター機で来日した。国内の移動は新幹線の車両を借り切るなどして、ホテルもフロアごとに押さえる。追加費用だけで1億5千万円を超えるもようだ」とある。ビンボー財団のNBSでは、とてもそれだけの余計な経費を負担しきれない。フロシャウアー楽団長は最終公演の後に記者会見を開き、「大きな挑戦を成し遂げられたのは日本・オーストリア両国の勇気のたまもの」と語ったという。コロナ禍を生き抜くためには勇気とお金が必要なのだ。
 世界中のバレエ団も悪戦苦闘している。昭和音楽大学バレエ研究所から定期的に「海外実演団体新型コロナウイルス対応状況調査」のメールが送られてくるのだが、世界の芸術団体がいかにコロナ禍と闘っているかを、その時どきに知ることができて、とても助かっている。11月4日付けのリポートでは、「サンフランシスコ・バレエ団がデジタルシーズン開催予定」(出典:The FNews)と、「いかにワシントン・バレエ団がデジタルシーズンに臨んだか」(出典:The Washington Post)という記事が載っていた。いずれも劇場で実際の公演ができないから、2020年~2021年シーズンをすべての公演をデジタルで開催するというものだ。
 サンフランシスコ・バレエ団の芸術監督兼主任振付家ヘルギ・トマソンは「以前の状況では、私たちの公演を観ることができなかった世界中のお客さまにとって、映像作品となった物語バレエを観ることができるのは、特別な体験だと思います。ダンサーの表情や感情表現を間近で見ることができるからです。こんなことを申し上げましたが、しかし私は再度ダンサーたちやお客さまとオペラハウスに集うことができる日を心待ちにしています」とコメントしている。
 ワシントン・バレエ団の芸術監督ジュリー・ケントは「ダンサーは人生のかなり早い段階から身を捧げ、犠牲を払ってきています。ダンサーに1年休みをとれと言ったり、踊りを諦めろ、ということは辛いことです。私たちの身体は私たちの楽器で、ただ放っておくわけにはいきません。放っておいたら、元に戻すことはできなくなってしまいます」と語ったうえで、デジタルシーズンについて「実演芸術が生き延びるためには、私たちは考えを発展させ続ける必要があるということが、明白になったのではないでしょうか」と結んでいる。
 このコロナ禍を乗り切るために、あらゆる業種で試行錯誤が続いている。しばらくは観念して先行きの見えない不安を抱えて生きるほかない。政府からデジタル化推進の号令がかけられ、リモートワークが急速に進んだ。舞台芸術の世界では、実演に制限が加えられていたから、どんどん映像を活用する方向に流れた。それを経産省のJ-LOD liveや文化庁の文化芸術収益力強化事業の助成金が後押しした。いまでは劇場でのライブ公演とオンライン配信の双方による上演という、ハイブリッドな取組みがあたりまえのようになっている。NBSでも先月末には、ベジャールが三島由紀夫をモチーフに創った「M」の舞台映像を国内のみならず海外にも配信した。たしかにテクノロジーが新しい可能性を示してくれていると思うが、一方でテクノロジーの波に飲み込まれて、これまでの価値観が転換してしまうのではないかという不安もある。価値も質も時代によって変わる。劇場が封鎖されたことから、生の舞台体験の重要性があらためて顧みられることになった。舞台の感動は出演者と観客が同じ空間を共有することによって生まれる。ライブの感動は何物にも代えがたいものだ。実演芸術は人間がもっている原始的、根源的なもので、生命の奇跡を見る喜びを観客に与えるものだと思う。
 コロナ禍の恐怖が広がってから10カ月以上も経つというのに、いまだ不安の時代の出口は見えてこない。レナード・バーンスタインは、W.H.オーデンの詩『不安の時代』に触発されて交響曲第2番『不安の時代』を作曲した。オーデンの詩にはこんな一節がある。「ぼくらはまったく闇の中にいる。従わざるをえない時計と、諦めてはならない奇跡の関係について、ぼくらは何も知らされていない」。

髙橋 典夫 NBS専務理事