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2021/02/03(水)Vol.415

新 起承転々 漂流篇 vol.48 コロナ・マラソン
2021/02/03(水)
2021年02月03日号
起承転々
連載

新 起承転々 漂流篇 vol.48 コロナ・マラソン

コロナ・マラソン

 2度目の緊急事態宣言が発出されても人々に緊張感が乏しいと言われているが、私もその一人だ。1年近く続いているコロナ禍で、心が疲弊しきっていて、なかなか緊張感を取り戻せないのだ。昨年3月の段階では100メートル走だと思ってダッシュしたのが、途中からこれは3,000メートル走ではないかと疑い始め、いまでは42キロのマラソンだったのだと思うようになっている。最初からマラソンだとわかっていれば、走り方も変わっていて、こうもバテバテになっていないにちがいない。
 昨年は4月に1回目の緊急事態宣言が出された後も、2週間も経てばまた公演が再開できるのだろうと高をくくっていた。実際は7月までまったく公演ができず、その後も9月まで50パーセントの入場者制限がかかっていた。その50パーセント制限が解除されても、観客はなかなか劇場に戻っていない。誰にも先が見通せない中、悲観論と楽観論があったが、振り返れば、私はこれまで能天気に楽観論を選んできたように思う。
 東京オリンピック・パラリンピックも昨年の3月の時点では、1年後に延期になれば多くの人がまちがいなく開催できると信じていたはずだ。私も信じて疑わなかった。それが完全な形での開催は無理だろうと言われ出し、集客を50パーセントに抑えるとか無観客も視野に入れ、と変わってきた。最近行われたアンケートでは、開催中止・再延期という見方をしている人が80パーセントを超えるとメディアが報じていた。
 ワクチンがゲームチェンジャーになると期待されている。海外ではすでにいくつかの国でワクチンの接種が始まっているし、日本でも2月下旬から医療従事者に接種が始まるという。ワクチンに関しても楽観論ばかりではなく、副反応を心配し、安全が確認されるまで「しばらく様子をみたい」と思っている人が70パーセントもいるという。長年ロンドンに住んでいる友人からワクチンの1回目の接種を受けたというメールをもらった。ワクチン接種を怖がっている日本人に対し、「ワクチンを受けて『集団免疫』のある社会をつくることが義務だと思う」と書いてあった。
 NBSも昨年は予定されている公演をなんとか実現しようと躍起になっていたが、目標に近づくと逃げ水のように遠のいていき、徒労感ばかりが残ることになった。先日、ミラノ・スカラ座のドミニク・マイヤー総裁とリモート会談をした際、2021年、スカラ座はできる範囲のことだけやり、本格的に再開するのは2022年からだといった趣旨の発言をしていた。制御不能なコロナ禍に無益な労力を使うよりも、2021年に見切りをつけて前向きに2022年からの本格稼働をめざすということだ。たしかにこれ以上コロナに振り回されるのは御免だという気持ちは共感できる。
 NBSも4月に予定していたモーリス・ベジャール・バレエ団と東京バレエ団合同による「第九」の中止を発表し、6月のイングリッシュ・ナショナル・バレエの日本公演もこのままでは中止せざるをえない状況だ。先がまったく見えない中、今の時点で入国制限や入国してからの2週間の待機期間が完全に解除されていなければ、やみくもに突入するわけにはいかないのだ。変異ウイルスはどうなるのか。ワクチン接種の効果がどうなのか。不確実なことばかりで、これ以上のリスクを冒す余力はないと感じているのは、どこの招聘事業者も同じではないか。昨年は開催に一縷の望みを託して、ギリギリまで中止の決断を延ばしていたが、状況が少しずつ変わり、いまは早く決断して代わりの企画を立てなければ、財政的にもどんどん追い詰められていくばかりだ。この深刻な状況下において、私の立場としてはNBSを潰さないことを最優先に考えなければならないのだ。「第九」公演やイングリッシュ・ナショナル・バレエの日本公演に期待してくださっていた方々には申し訳ないかぎりだが、人類はIT、AIの時代になっても、いまだ感染症の前には無力なのだとつくづく思う。新型コロナウイルス感染の「終息宣言」が出されるまでは、考えを切り替えて、このコロナ禍をいかに生き抜くかに集中しなければならない。なんとしてもマラソンのゴールまで完走しなければならないのだ。
 1月24日(日)の朝日新聞朝刊に指揮者・ピアニストのダニエル・バレンボイムのインタビュー記事が載っていた。「コロナ以前の日常には、『私たちはなぜ生きているのか』といった哲学的な問いを自分に向ける機会がなかった。今は誰もが自分で考え、自分で答えを見つけることしかないことを知っている。そうした精神の世界は、すでに答えが用意されている宗教とは、本質的に異なる。多様な見方を自ら創出するのが芸術であり、創造という精神の営みを続けることこそが、コロナ禍を超えて人類を存続させるために不可欠なのです」。なるほど、「創造という精神の営み」がコロナに打ち克つことができるのだ。
 感染症の歴史をみれば、14世紀にペストが流行したヨーロッパでは、人口が減少し、教会の権威が失墜した。封建制度の崩壊が始まり、やがてルネサンスにつながった。日本では江戸時代の終わりにコレラが大流行し、鎖国を解いたことが原因だと尊王攘夷派が煽って明治維新が起きた。我々はいまだにマラソンの何キロ地点を走っているのかさえわかっていない。このコロナ禍の間も「創造という精神の営み」を続け、長いトンネルを抜けた先にはルネサンスや明治維新のような新しい時代が待っていると信じて、今は歯をくいしばって走り続けるほかないと覚悟を新たにしている。

 

髙橋 典夫 NBS専務理事