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NBS日本舞台芸術振興会
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2021/03/03(水)Vol.417

クラファン
2021/03/03(水)
2021年03月03日号
起承転々
連載

クラファン

クラファン

 2月13日の23時を少し回ったところで、グラッと来た。福島県沖を震源とする最大震度6強の地震で、10年前の東日本大震災の余震だという。あのときの地震がまだ尾を引いているのだ。地球の寿命からすれば、10年もほんの一瞬のことなのだろう。地震にしても今回の新型コロナウイルスの感染症にしても、自然の脅威の前には、人間はつくづく無力だと思う。
 今回の地震は私の10年前の悪夢のような記憶を蘇らせることになった。地震が起こったのは2011年3月11日。ちょうどズービン・メータ率いるフィレンツェ歌劇場一行が来日していた。地震の後も3月13日に神奈川県民ホールで『トスカ』、14日に東京文化会館で『運命の力』を上演したが、福島第一原発の事故により、その後6回の公演が中止に追い込まれた。フィレンツェ市長の帰国命令により、放射能の恐怖に怯えながら全員が逃げるように関西空港からのチャーター機で帰国したのだ。あの胸が塞がるような不安な日々を思い出す。
 今回の新型コロナ感染症も原発事故と同様にコントロール不能な点では似ている。私は長い間この舞台芸術の世界に棲息しているが、公演中止を経験したのは、1993年にソプラノのエディタ・グルベローヴァが風邪でコンサートを1回キャンセルしたときと、フィレンツェ歌劇場の日本公演が6公演中止になったときだけだ。それだけに今回のコロナ禍で、予定していた招聘公演が次々に中止に追い込まれるのは、血の涙が出るほど悔しい。原発事故のときもNBSは経済的に危機的な被害を負った。潰れなかったのは奇跡だったといまも思っている。東京電力に損害賠償を請求し、それが認められたのが大きかった。あの絶体絶命のピンチを乗り切った経験から、私には「鈍感力」というものが身につき、今回の未曾有の事態もなんとか切り抜けられるという根拠のない自信につながっているように思う。
 東日本大震災のときは、チャリティ公演を催したり、公演会場で募金活動を展開し、「日本赤十字社」や「あしなが育英会」などに、総額4千2百万円を寄付した。あのときはNBSは公益財団として、公演を通じてできる役割を果たさなければならないと考えてのことだった。このたびのコロナ禍においては、旅行業、飲食業と並んで、我々の舞台芸術の世界はもっとも被害が甚大な分野だ。今度は自分たちのために募金活動をしなければならない。昨年の3月から「緊急寄付」を募集し、多くの人々がご芳志を寄せてくださっている。やさしさに対して私は鈍感どころか過剰に敏感で、人の情けを身に染みて感じている。
 コロナ禍の出口はいまだ見えてこないが、NBSの事務局としては海外からの招聘公演が中止になることによって余ったエネルギーを、東京バレエ団の公演を充実させることに注ぎ込みたいと思っている。海外の団体の招聘公演は中止になっても、どこからも一切補償はないが、国内の団体である東京バレエ団に関しては、来年度も文化庁の「コロナ禍における文化芸術活動支援」の助成金が予定されていて、地方での公演が増えるなど追い風が吹いていると感じている。
 「コロナ禍を生き延び、ピンチをチャンスに変えるために」をキャッチ・コピーに、2月26日の東京バレエ団『ジゼル』公演の初日からクラウドファンディングの募集を始めた。コロナ禍がきっかけで、クラウドファンディングが急にポピュラーになって「クラファン」と略して呼ばれる。目標金額は1千万円。コロナ禍で不安をかかえ不自由な日々をおくるダンサーたちへのボディ・コンディショニングなどのサポートに使いたいと考えている。コロナ禍の初期段階から「クラファン」に取り組むべきだと、ある人から熱心に勧められていたのだが、別に「緊急寄付」の募金活動を始めていたこともあって、すぐには実行に移せなかった。今年を東京バレエ団の飛躍の年と位置づけたときに、「クラファン」は若者の関心も高いということで、東京バレエ団の成長戦略として取り組むことにした。「ピンチはチャンス」という言葉があるが、東京バレエ団はコロナ危機を逆手にさらなる飛躍のチャンスと捉え、反転攻勢をかけたいと思っている。欧米では文化芸術は市民からの寄付によって支えられている部分が大きいが、日本では寄付文化が育っていないことを日々痛感している。日本ファンドレイジング協会が出している「寄付白書」最新版の2016年の数字では、個人寄付額は7756億円、名目国内総生産(GDP)の0.14%とされている。2011年の東日本大震災をきっかけに年々拡大しているという。とはいえ同じ2016年の個人寄付額は米国が30兆6664億円(GDPの1.44%)、英国は1兆5035億円(0.54%)、韓国は6736億円(0.50%)だから、わが国ではまだまだ寄付文化が根付いているとはいえないだろう。
 日本でもプロの野球やサッカーのチームなど市民のサポートは普通になっているが、東京バレエ団も幅広い人々によって支援してもらえる団体になることをめざしている。東京バレエ団は創立してから57年目になるが、現在に至るまで多くの観客の皆さまのご支援や各方面からの経済的な援助なくしては存続できなかったわけだから、公共の財産だと見なされてもよいのではないか。公共の財産だと思うからこそ、守り抜かなければならないのだ。
 コロナ禍の影響は今後も続くかと思うが、「艱難汝を玉にす」のことわざどおり、この艱難を乗り越えて、東京バレエ団は一回りも二回りも大きく成長し、名実ともに日本が世界に誇れるバレエ団と評価されるようにならなければならないと決意を新たにしている。「クラファン」の寄付者から寄せられる応援コメントに励まされている。涙が出るほど嬉しい。皆さまの熱い思いが一つになって、東京バレエ団の躍進を後押ししてくれているのを実感できる。

 

髙橋 典夫 NBS専務理事