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2021/08/04(水)Vol.427

新「起承転々」 漂流篇 vol.54 窮すれば通ず
2021/08/04(水)
2021年08月04日号
起承転々
連載

新「起承転々」 漂流篇 vol.54 窮すれば通ず

窮すれば通ず

 私は若いときから切羽詰まらないと重い腰をあげない性格だ。ぎりぎりまで追い詰められないとアイディアも浮かばない。そしてアイディアが浮かぶと、突然いろいろなことを言い出し、周りを混乱させてしまっているようだ。顰蹙を買っていることを薄々感じてはいても気が付かないふりをしている。いつも他の仕事に追われ心に余裕がないこともあるが、自ら綱渡りの人生を選んでいるのかもしれない。もがき苦しんでいると、やがて出口が見えてくる。私はこれまで恥ずかしながら「窮すれば通ず」というだらしない信条で生きてきたように思う。なぜこんなことから書き始めたかというと、コロナ禍が始まった昨春以来、予定していた公演が次々と中止や延期になり、不条理を感じながらも七転八倒して打開策を探していると、なぜか道が開けてくることを何度か経験してきたからだ。いま追い詰められているのは、8月13日の開幕が迫っている〈第16回世界バレエフェスティバル〉(以下、〈バレエフェス〉)。いままでコロナ禍で経験してきた中でも最大の難関だ。
 2013年にオリンピックの東京招致が決まった後、我々実演家団体には国や東京都から「オリンピックはスポーツの祭典であるとともに文化の祭典でもある」からと文化プログラムの企画を求められた。我々もチャンス到来とばかり東京五輪に対する期待が高まったものだ。私も2020年のオリンピックの年に合わせて、1年前倒して〈世界バレエフェスティバル〉番外編を開催したいと思ったほどだ。パンデミックで東京五輪は1年延期になり、奇しくもオリンピックとパラリンピックの狭間に〈バレエフェス〉を開催するというめぐり合わせになった。東京五輪の1年の延期が発表された昨年3月には、1年4カ月後にはなんの問題もなく開催されるものだと思っていた。東京五輪を観るために海外からの渡航者も増えるだろうから、それに便乗して〈バレエフェス〉を盛り上げたいと思っていたものだ。
 いま私の中では東京五輪と〈バレエフェス〉が複雑に絡み合いながら同時に進行している。〈バレエフェス〉が「バレエのオリンピック」と呼ばれてきたせいもある。むろん、国家的プロジェクトと民間の一団体が主催する事業では月とすっぽんだが、規模こそまったく違うものの、コロナ禍に翻弄され時々刻々めまぐるしく変わるさまは、共通しているように思う。今年4月にチケットを売り出すころは、東京五輪はやることになっていたのだから、当然〈バレエフェス〉もできるだろうと高をくくっていた。やがて5月になると、東京五輪中止・延期の声が高まってくる。そして、7月7日には無観客で開催することが決まった。東京五輪のアスリートたちが1万5千人も隔離なしで来日するのだから、バレエダンサーも似たような条件で入国できるのだろうと思っていたら、とんでもなかった。当方としては政府の指針にしたがい、最大限の感染対策を講じて出演者たちを迎えようとしているが、その条件がとてつもなく厳しいのだ。いわゆるバブル方式というやつだ。ダンサーたちの出身国によっては帰国してから再び隔離が課せられるから、それぞれが抱えている事情があって、参加を断念する者も現れている。それが主な原因で、〈ガラ〉を断念し、Aプロ、Bプロだけに絞った。なんとか開催の目途が立った。強い意志をもって参加してくれるダンサーたちには感謝の言葉しかない。あわせてこの場を借りて〈バレエフェス〉開催の意義を認め、これまでダンサーたちの入国に関し困難な手続きをこなしてくれた文化庁をはじめ、お力添えをいただいた関係各機関に心から御礼を申し上げたいと思う。
 私は若い時は悲観論者だったが、馬齢を重ねるごとに、悲観ばかりしていても仕方がないと開き直る気持ちが強くなっている。しかし、今回ばかりは完全に思惑が外れてしまった。現在、4度目の非常事態宣言が発令されているし、東京都の新規感染者が4,000人を超えた日もある。感染爆発状態だ。この状況は誰にも予見できなかったのだから結果論でしかないが、東京五輪も〈バレエフェス〉も、もっと早い段階で今年の開催を見合わせたほうがよかったかもしれない。しかし、ここまで来たら後退は許されない。前進するほかはないのだ。東京は8月31日まで緊急事態宣言発令中だから、劇場は50パーセントの入場制限がかかっている。〈バレエフェス〉は、7月9日に宣言が出た段階で70パーセントくらいの売れ行きだったが、そこでチケット販売を停止している。このコロナ禍においては公演直前までチケットを買い控える人が多いから、当方にとって1カ月前のタイミングで販売を停止せざるを得ないのは経済的に大きな打撃だ。だからと言って、政府が見込んでいた入場料収入の未達分をカヴァーしてくれるわけではないのだ。
 この切羽詰まった状況であらためてNBSの使命として感じることは、〈バレエフェス〉の45年続いた伝統の灯を守ること。不自由なコロナ禍にあってもアーティストたちに活動の場を提供し、観客に支持される舞台をつくることだと思っている。今回、無事実現できれば、パンデミック終息後の国内外のバレエ界の正常化に弾みがつくのではないか。いま最も心配なのは、オリンピックが終わった途端に、今年のゴールデンウィークの時のように人流を抑制するという理由で、劇場が封鎖されるかもしれないということだ。そうなれば我々には打つ手がない。これまでは危機に瀕しても、もがいているうちに出口が見つかったが、今回も結果はどうあれ、時間が解決してくれることだろう。今回の〈バレエフェス〉においても、さんざんもがき苦しんでいるが、いま私にできることは念仏のように「窮すれば通ず」をくり返し唱え、なんとか道が開けることを祈るだけだ。(8月2日記)

 

髙橋 典夫 NBS専務理事