NBS News Web Magazine
毎月第1水曜日と第3水曜日更新
NBS日本舞台芸術振興会
毎月第1水曜日と第3水曜日更新

2021/10/06(水)Vol.431

新 起承転々 漂流篇 vol.56 漂流記
2021/10/06(水)
2021年10月06日号
起承転々
連載

新 起承転々 漂流篇 vol.56 漂流記

漂流記

 東京バレエ団の公演「海賊」が終わったばかりだ。10月1日に緊急事態宣言が解除されたものの、このときはまだ緊急事態宣言下で、きびしい感染対策を求められ入場者数にも制限が課せられていた。東京バレエ団はコロナ禍において、公演の延期はあっても予定していた公演はなんとか実現できている。いま現在はどうかわからないが、一時は世界でもっとも公演をやっているのは東京バレエ団ではないかとさえいわれていた。その「海賊」だが、ラストシーンは海賊たちを乗せた海賊船が突然の嵐に見舞われ、荒れ狂う海のなかに沈んでいく。愛し合うコンラッドとメドーラは岩にしがみつき奇跡的に助かる。二人の愛は、試練に打ち勝ったということで、めでたしめでたしで終わるのだが、岩の上に立って抱擁した後の二人がどうなるのかが心配になる。というのも私自身が昨年2月にコロナ禍が始まって以来、サバイバル生活をおくる漂流者のように感じているからかもしれない。そんな思いにかられているとき、たまたま椎名誠氏の「漂流者は何を食べていたか」(新潮選書)が目にとまって読み始めた。漂流という言葉に引き寄せられたのだろう。椎名誠氏は漂流記マニアだそうだが、本書では十数冊の漂流記を取り上げ、漂流中の食料事情を軸に、生還者がいかに苦難を乗り越えたかを紹介している。極限状態における人間の可能性が書かれていて、どうやって生き延びたかは、どうやって水と食べ物を確保したかに尽きるようだ。雨水を飲み、ウミガメ、海鳥、シロクマ、ペンギンなどを生で食べ、命をつなぐ過酷なサバイバル生活をくり広げる。漂流者は身体より先に精神の限界が訪れ、最初の3日くらいで生還を諦めてしまうケースが少なくないという。はたしてコンラッドとメドーラはやっと辿り着いた岩から生還することができるのだろうか。
 本を読み進めるうちに「もっとも重要なのは漂流者の精神力、対応能力、食に対する貪欲さ、食物を捕獲するための勇気、けっしてあきらめない性根。そうしたものが生還につながっている」との記述を見つけて、ますます我々が現在のコロナ禍時代に置かれている状況に似ているのではないかと思った。漂流記は生き抜く知恵を教えてくれているようだ。いま我々が直面している状況に引き寄せて考えると、精神力はもちろんだが、公演の中止や延期、企画の変更、それに緊急事態宣言発出によるチケットの販売停止など、それらの対応能力が求められる。食に対する貪欲さ、食物を捕獲するための勇気は、いかに収入を得るかと通じるのではないか。むろん、けっしてあきらめない性根もまさに一緒だ。これらが欠けているとコロナ禍を生き延びられないのだということを、あらためて実感した。
 現在の我々を襲うのはコロナの波ばかりではない。過剰な情報の波も危険だ。IT時代が到来してから社会に大きな変化が目立ってきたように思う。人々の思考能力や常識を奪ってしまったのではないかと思うのは私ばかりだろうか。人々が自分に十分な知識がないことを自覚しないまま判断を下す。意見を表明する。よく知らないからといって遠慮することもない。SNSがそういう流れをつくったように思える。我々は情報の洪水に翻弄される漂流者でもあるのではないかと思う。ここでも精神力、対応能力が試されるのだろう。未知の世界と向き合ったときに価値観は変わり、それらに対応していくたびに思考がひろがり、深くなっていく。それが人類の進化の歴史なのだろうと思う。
 そもそもこのコラムも「漂流」には因縁がある。「新『起承転々』漂流篇」というタイトル自体、奇妙に思われていた人は少なくないと思う。NBSの創立者佐々木忠次が「起承転々」というタイトルで書き続けていたことから、私が後を書き継ぐにあたって、「漂流篇」を付け加えたものだ。転々とした後は、漂流しかないという安易な発想だったのだが、私の人生はずっと漂流者のようなものではないかと思ってきた。私の漂流者のように思う感覚はコロナ禍による先行き不透明感によって、いっそう明確になったような気がする。このコラムでもたびたびコロナ禍におけるNBSの活動状況を取り上げているが、おそらく残りの人生で再び遭遇するとは思えない今回の体験を書き残しておくことも後々意味があるのではないかと思っている。
 今年NBSは創立40年の節目の年にあたる。ただ財団化してから40年であって、創業者の佐々木忠次が東京バレエ団の制作会社として立ち上げたときから数えると57年目になる。東京バレエ団は17年前に40年史をつくったが、そのときに気づいたことは、多くの会社や団体が40年史をつくっていることだ。どうやら組織は40年が一つの区切りで、40年で人が完全に入れ替わってしまうので、それを過ぎると資料にしても人の記憶にしても残すのが難しくなるからなのではないか。そこで今年は海外からの招聘公演が次々と中止に追い込まれたことから、転んでもただでは起きないぞ、とばかり少し余裕のできた時間とエネルギーを使って40年史の製作に取り組むことにした。この40年の航海でNBSが難破しかけた危機は3度ある。1999年秋の新社屋移転時のゴタゴタと、2011年3月の東日本大震災と福島原発事故、そして今回の2020年2月に始まったコロナ・パンデミックだ。この40年、さまざまな出来事に翻弄されてきたが、NBSの存続を脅かすほどの嵐はほぼ10年周期で襲ってきたことになる。生還できなかった漂流者で、現存している漂流記を凌ぐ過酷で激烈な体験をしながら、漂流記として残せなかった人々は多いはずだ。10年後にもNBSが存続しているかどうかはわからないが、このタイミングで40年史を残しておくことは、少なくても40年にわたってNBSが存在していたことの証になる。40年の航跡を辿るとさまざまな記憶が蘇ってくる。過去を振り返ることによって、今後もNBSが強い精神力、適応力をもって生き抜くための知恵を与えてくれるかもしれない。NBSの40年史はまさに漂流記だ。椎名誠氏は「漂流記は希望と勇気の物語なのだ」と記しているが、NBSの40年が希望と勇気の物語だったかどうかは、私にもよくわからない。

 

髙橋 典夫 NBS専務理事