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2021/12/01(水)Vol.435

新 起承転々 漂流篇 vol.58 MVP
2021/12/01(水)
2021年12月01日号
起承転々
連載

新 起承転々 漂流篇 vol.58 MVP

MVP

 金森穣演出・振付の「かぐや姫」第1幕の世界初演を終えたばかりだ。コロナ禍のきびしい制約を乗り越えて、この時期に新作を世に送り出せたのは幸運だったとしかいいようがない。第2幕は2023年の4月、第3幕を含めた全幕上演は2023年10月の予定だが、麗しの「かぐや姫」が世界を魅了する航海に向けて無事に船出できたことを喜びたい。幸い第1幕は好評を博すことができ、確かな手ごたえを感じている。これからさらに手が加えられ練り上げられていくだろうから、いまから2年後に全幕完成版を観るのが楽しみだ。金森穣、井関佐和子両氏はもとより実現に力を尽くしてくださった関係各位に心から感謝したい。
 ふり返れば今年は1年を通じコロナ禍で世相が暗かったが、その中でも明るい話題を提供し続けてくれたのが米大リーグ・エンゼルスの大谷翔平選手だったのではないか。11月19日には全米野球記者協会の投票によるア・リーグMVP(Most Valuable Player)に満票で選出された。投手と打者の二刀流の活躍だけでなく盗塁数など総合的に評価され、他の追随を許さなかった。私もかつて野球少年だった時期があるが、野球の本場アメリカで頂点に立ったのだから、一日本人として快哉を叫びたい気分だ。
 大谷選手は高校時代に「世界最高のプレーヤーになる」と書き残したらしい。花巻東高校時代の佐々木洋監督は、「育てるとかは何もなくて、自分でアップデートするタイプなので、考え方だけしっかり話しながら環境さえ与えれば、どんどん伸びていく。今は自分で器を変えていって、日本からアメリカとステージを変えながら、すごいレベルに来ている」という。自分自身でアップデートできるというのは、天才なるがゆえだろう。かつては野茂英雄や松井秀喜、イチローなど、多くの先人たちがメジャーへの道を切り拓いてきたが、大谷選手の活躍は後進の野球少年たちに大きな夢を与えたに違いない。毎日のように大谷選手の活躍のニュースが入ってきていたが、世界は確実に狭くなっているのを感じる。
 国民的なスポーツの野球とは注目度が違うが、バレエにおいても世界は身近になっている。日本人ダンサーの海外での活躍にもめざましいものがある。バレエが野球のようにポピュラーだったら、もっと人々の口の端にのぼっていることだろう。今年、日本バレエ団連盟から発行された報告書によると、「海外のバレエ団で活躍する主な日本出身者」は34カ国で231人にのぼるという。プロとして海外で活躍する人数は、スポーツや他の文化芸術のジャンルと比較してもトップ・クラスなのは間違いない。プロ予備軍で、海外でバレエを学んでいる人を含めると、どれくらいの人数になるのか想像がつかない。バレエは全世界で行われているグローバルな芸術だから、野球以上に海外に出ていく人が多くても不思議ではない。日本人のダンサーたちが海外をめざす理由は、むろん海外への憧れもあるだろうが、日本では経済面を含めたダンサーを取り巻く環境が海外のバレエ先進国に劣ることが大きな要因だ。いまや海外の主要なバレエ団であっても日本人ダンサーがいないバレエ団のほうが珍しいくらいで、プリンシパル級のダンサーも何人かいる。世界のバレエ界でMVPを獲得できるような際立った活躍をしている日本人ダンサーもいると思う。
 今回のパンデミックで世界のバレエ界も大きく変わらざるを得ないだろうと思っている。日本では感染者が原因不明のまま激減していて、ようやく出口が見えてきたように感じるが、海外では再び増加している。変異種のオミクロン株の存在も不気味だ。第6波到来の懸念もあって、依然として先が見通せない。パンデミックをきっかけに海外で活躍していた日本人ダンサーが帰国している例もたくさんあるようだ。コロナは分断を生んでいるといわれているが、長いコロナ禍の日々をどう耐えたかによって、バレエの世界においても優勝劣敗がはっきりするのではないかと思っている。環境の変化に合わせて新しいことに挑戦しなければ組織は衰退していくだけだ。海外との往来が不自由な今は、国内のバレエ団がそれぞれ模索しながら実力を蓄える時期なのだろうと思う。
 そもそも金森穣氏に新作を依頼することになったのは、東京バレエ団が海外公演をするたびに、日本人の振付家の作品はないのかと言われ続けてきたからだ。世界に通用する優秀なダンサーは生まれてきても、日本人振付家による海外の上演を視野に入れた作品はなかなか生まれなかった。そこで、2019年には勅使川原三郎氏に委嘱して「雲のなごり」を創ってもらい、そして今回、金森穣氏に全幕物の物語バレエを委嘱することになった。
 歴史をたどれば日本で初めてバレエらしきものが上演されたのが1911年のことだという。野球が日本に持ち込まれたのは1871年だが、野球もバレエもすでに日本の文化の一部になっている。グローバル化が進み、バレエにおいても日本から世界に向けて発信することが今まで以上に重要な時代になっているのだ。
 時代はどんどん移っているが、さまざまな矛盾を抱えながらも前に進まなければならない。このタイミングでの「かぐや姫」の上演に、私は日本のバレエにおける歴史上の必然性を感じていて、果敢に挑戦して新境地を開いた金森穣氏にMVP(Most Valuable Player)を贈って称えたいと思っているくらいだ。手前味噌とのそしりを受けるかもしれないが、パンデミックで世界が大きく変わろうとしている今、「かぐや姫」第1幕の初演は日本のバレエ界の新時代を告げる象徴になるかもしれない。

 

髙橋 典夫 NBS専務理事