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2022/04/06(水)Vol.443

新「起承転々」 漂流篇 vol.62 散る桜
2022/04/06(水)
2022年04月06日号
起承転々
連載

新「起承転々」 漂流篇 vol.62 散る桜

散る桜

 桜が風に舞って散っている。日本人には桜好きが多いが、ご多分にもれず私も桜が咲くと血が騒ぎだす。毎年桜が咲き始めると、なぜ血が騒ぐのだろうと自分自身不思議に感じていた。このところ、ニュース映像でロシア軍のウクライナ侵攻の光景を見ていて、思い当たることがあった。「散る桜 残る桜も 散る桜」。この句は私の亡父が晩年呟くことがあったので、軍歌の「同期の桜」のように戦争に関係する句なのだろうと思っていたが、江戸後期の良寛和尚の辞世の句らしいと知った。ただ、特攻隊員の中には死を前にして共感したのか、この句を辞世の句にした人も多かったようだ。桜は富士山とともにナショナリズムの象徴のようになっているが、「散る桜」は明治政府により「大和魂」と結びつけられ、やがて特攻の悲劇を生むことになった。この桜によるイデオロギーがなければ、彼らは桜のように散る決意ができずに、特攻が戦術として成り立たなかったのではないかとも言われている。桜は死や別れと結びついている。桜が咲くと胸騒ぎを覚えるのは、この悲劇と関係しているからかもしれない。桜を見ると平常心ではいられないのも、日本人のDNAの中にこのイデオロギーが摺り込まれているからなのではないかと思うのは私だけだろうか。
 この日本独特のイデオロギーをバレエ作品として昇華したのがモーリス・ベジャールだ。ベジャールは三島由紀夫をテーマに『M』を創った。そのクライマックスはワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』の「愛の死」が鳴り響く中、軍服姿の「楯の会」が現れ、少年時代の三島が正座して切腹しようとするときに天井から舞台一面に桜の花びらが舞い散る。私は毎回このシーンを観るたびに感極まってしまう。あざとい演出だとも思うが、ベジャールは日本人のメンタリティーを知悉していたのだと、あらためて感嘆する。
 21世紀も20年以上も過ぎたところで、昔の戦争映画で見たような戦争がリアルに勃発するとは思わなかった。緊張が高まっていても、どこかでブレーキがかかるのだろうと思っていた。ところが簡単に一線を超え、戦争に突入してしまったのだ。多くの人命を奪い、経済的にも甚大な損害を被ってまで戦争をやらなければならない大義とはいったい何なのだろう。ついこの前まで、コロナ・パンデミックによって、民主主義の危機が叫ばれていた。コロナ対策で素早い対応が求められていたときには、民主国家よりも専制国家のほうがいいという論調もあった。ところが一転、今回のロシア軍のウクライナ侵攻は、「プーチンの戦争」とも言われ、独裁政権を非難する声が高まっている。ロシアが民主国家なら起こらなかったことで、独裁政治へと加速したのはコロナ禍に遠因があるという見方もあるようだ。
 この戦争は我々の舞台芸術の世界にも深刻な影響を及ぼしている。ロシア出身のアーティストを排斥する動きが出ている。槍玉に挙がっているのが、プーチン大統領との関係が深い指揮者のワレリー・ゲルギエフだ。オペラやバレエ、コンサートなどはグローバルな芸術だから、世界中で活躍しているロシアやウクライナ出身のアーティストも多い。各国のアーティストたちが抗議の声を上げ、ウクライナとの連帯を表明しているが、政治と文化芸術は完全に切り離して考えるべきだと私は思っている。西側諸国からの「経済制裁」が進んでいるが、「文化芸術制裁」はあってはならないと考える。本来、文化芸術の役割は人々の分断を解消し、心をつなぐものであって、このような状況だからこそ、文化芸術が政治とは別次元でコミュニケーションを可能にすることができるのではないかと思うのだ。
 日本は戦後、空襲によって廃墟になったところに平和を願って桜が植樹された。いまでは昔以上に桜は日本人の精神文化として根を下ろしているように思える。戦争と結びついた「散る桜」のイデオロギーから解放され、桜を平和の象徴にしなければならない。ウクライナにも2017年の日本・ウクライナ外交関係樹立25周年事業「桜2500キャンペーン」として桜が植樹されたという。ウクライナで桜が満開になるのは4月下旬。遅くてもそのころには停戦が実現していることを祈っている。
 我々は戦争という事態を前に、いったい何ができるのだろう。廃墟となったウクライナの街でチェロを弾く動画が話題になっている。ロシア軍の侵攻を受けて破壊されたウクライナ第二の都市ハリキウ(ハリコフ)で現地在住のチェリスト、デニス・カラチェフツェフ氏が、バッハの無伴奏チェロ組曲第5番を演奏している。その映像に対し、「芸術は戦車に負けることはない」「建物を破壊できても魂は破壊できない」などというコメントが多数寄せられているという。人は困難に直面しているとき、精神の慰めが必要なのだ。
 思い浮かべるのは伝説的な名チェリスト、パブロ・カザルスの逸話だ。1971年10月24日、ニューヨークの国連本部における世界国際平和デーの演奏会に出席したとき、彼は94歳の高齢で、それまで14年間人前で演奏していなかった。カザルスは今日は演奏しなければならないと言って、カタルーニャの民謡「鳥の歌」のメロディを弾き、「私の生まれ故郷カタルーニャの鳥たちは、ピース、ピース、ピースと鳴くのです」と語った。
 いまウクライナとロシアの空を飛ぶ鳥たちも、ピース、ピースと鳴いているだろう。

髙橋 典夫 NBS専務理事