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2022/05/06(金)Vol.445

新 起承転々 漂流篇 vol.63 太陽の季節
2022/05/06(金)
2022年05月06日号
起承転々
連載

新 起承転々 漂流篇 vol.63 太陽の季節

太陽の季節

〈上野の森バレエホリデイ〉を終えたばかりだ。2017年に始まったから6年目になる。毎年ゴールデンウィークの時期に東京文化会館で開催してきたが、一昨年、昨年とコロナ禍で2年間リアルでの開催ができず、急遽、オンライン配信に切り替えることで、なんとか継続してきた。今年は感染対策のため少し規模を縮小し実現に漕ぎつけた。
 東京バレエ団によるクランコ版「ロミオとジュリエット」の初演とともに、さまざまなバレエ・イベントを開催したが、4月30日には"裏イベント"として、NBSと東京バレエ団の創立者、佐々木忠次の七回忌法要を大ホールの舞台上で関係者だけで行った。佐々木が亡くなったのは2016年の4月30日。命日が翌年から始まった〈上野の森バレエホリデイ〉の期間中にあたることから、一周忌も三回忌も東京文化会館の特別な計らいにより舞台上で開催させてもらった。今年の七回忌も東京バレエ団のダンサー、スタッフをはじめ、佐々木にゆかりのあった方々にも「ロミオとジュリエット」を観ていただいた後に、法要に参加してもらった。寂しがり屋で先見の明のあった佐々木の性格を知る私には、佐々木はこの日に狙い定めて三途の川を渡ったとしか思えないのだ。
 法要を終えてからの帰途、JR上野駅構内の本屋をのぞいていたら、「石原慎太郎と日本の青春」(文春ムック)が目にとまった。「日本の青春」という文字が私の心に響いたのだ。石原慎太郎は昭和7年(1932)生まれだから、佐々木よりも1歳年上になる。まったくの同世代だ。ムック本の表紙に、「その人生こそ、戦後日本の『太陽の季節』だった」というコピーがついている。佐々木も「太陽の季節」を生きた人だった。日本のライジング・サンの時代に西洋芸術であるオペラやバレエと格闘した人生だった。
 私にとっても、15歳の6月に読んだ石原慎太郎の小説「太陽の季節」は、青春の始まりを告げる開幕ベルだったように思う。15歳だった私はその小説に感化され、道を踏み外し、退屈な授業中に教師の目を盗んで小説ばかり読んでいた。その後も毎年6月になると、なぜか「太陽の季節」という言葉が頭の中で点滅して、15歳当時のことを思い出す。
 日本の太陽が沈み始めたのは、いつのころからだろうか。オペラやバレエにおいては、21世紀に入る前からすでに陰りが見えていた。「太陽の季節」が芥川賞を受賞して脚光を浴びたのが1956年、戦後と決別して日本が高度成長を続け、消費の時代へと入っていくタイミングだった。その後35年が経ってバブル経済が崩壊し、リーマンショック、東日本大震災といった経済的な打撃が積み重なり、徐々に太陽が西に傾いていき、水平線に没してしまった感がある。
 はたして「日本の青春」は戻ってくるのだろうか。現在の日本の凋落ぶりは目に余る。今後の日本を背負う若者たちに期待するほかないが、気になるのは彼らにあまり覇気が感じられないことだ。隣国の韓国や中国、台湾の若者と比べても歴然だ。「ハングリーであれ、愚かであれ」。これはアップルの創業者、スティーブ・ジョブズの名言として知られているが、すでに達観してしまっているような日本の若者たちにも、この精神が必要なのではないか。
 佐々木の時代は「日本の青春」時代であり「太陽の季節」だった。我々の時代は太陽が沈んだ後の闇夜の時代にたとえられるかもしれない。さらにコロナ禍の今は、舞台芸術にとって暗黒の時代だ。コロナ禍の出口も見えそうでいて、まだはっきり見えてきていない。
 じつは9月に予定していたのだが、ミラノ・スカラ座日本公演も延期を余儀なくされた。本来、2020年に予定していたものだが、2年延期しても依然コロナ禍で実現できないのは痛恨の極みだ。昨年はウィーン国立歌劇場日本公演を予定していながら、それも実現できなかったから、3年連続でオペラの引っ越し公演が実現できていない。刻々と変化する今の状況下では、できることを工夫しながらやっていくほかない。そこで、オペラの引っ越し公演の代わりにはならないものの〈旬の名歌手シリーズ〉と題し、いま世界で最も輝いている歌手たちによる3種のオペラ・アリアのコンサートを開催することにした。
 思い返せば〈NBS名歌手シリーズ〉という冠をつけたコンサートを開催したのは、バブル経済崩壊後であっても、まだバブルの残照が感じられた1997年のことだった。5種のコンサートを開催した。アグネス・バルツァ、マーガレット・プライス、ワルトラウト・マイヤーの各ソロ・コンサートと、ヒルデガルト・ベーレンス&アンナ・トモワ=シントウ、ギネス・ジョーンズ&ヨッヘン・コワルスキーのデュオ・コンサートだった。いまにして思えば、日没直前の最後の輝きだったようにも思う。
 今回、期せずして催すことになった〈旬の名歌手シリーズ〉は、あまりなじみのない初来日の歌手もいるが、現在のインターネット社会なら、簡単に歌手についての情報を得ることができるから、どの程度の歌手なのか容易に知ることができるだろう。飛ぶ鳥を落とす勢いの今最高潮の歌手たちだ。シリーズ(Ⅰ)は「ソニア・ヨンチェヴァ ソプラノ・コンサート」。シリーズ(Ⅱ)は「フアン・ディエゴ・フローレス テノール・コンサート」。そして、シリーズ(Ⅲ)は、「リセット・オロペサ&ルカ・サルシ デュオ・コンサート」だ。急遽企画したものだから、歌手たちのスケジュールが許すのは1回か2回のコンサートのみ。採算的にはきびしいものの、それでもこの時期、少しでもオペラ・ファンに喜んでもらえるならば嬉しいかぎりだ。
 日は沈んでも、必ず日はまた昇る。1997年の〈NBS名歌手シリーズ〉から今年で25年。時代は移っている。やがてコロナ禍も終わり、水平線から太陽が顔をのぞかせることだろう。今度の〈旬の名歌手シリーズ〉をきっかけに、我々の舞台芸術の世界も闇夜を抜け、再び太陽の季節がめぐってくることを祈るばかりだ。

髙橋 典夫 NBS専務理事