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2022/07/20(水)Vol.450

新「起承転々」 漂流篇 vol.65 日本バレエ改革党
2022/07/20(水)
2022年07月20日号
起承転々
連載

新「起承転々」 漂流篇 vol.65 日本バレエ改革党

日本バレエ改革党

 安倍元首相の銃撃事件を私の中ではまだ消化しきれていない。けっしてあってはならないことだし、いまの日本でこんなことが起こるのか、という思いだ。容疑者の母親がはまっていた宗教団体と安倍元首相がつながりがあったということだが、誰もが知る著名人を銃撃することで、長年恨みに思っていた宗教団体に世間の注目を集めさせ、団体に復讐したいと考えたのではないか。いまだ日本の政界に大きな影響力のあった安倍元首相の死により、また政界のバランスが変わってしまうのだろう。今回の参院選の2日前に起こった銃撃事件で、選挙の争点が薄れてしまい、弔い合戦ではないが自民党が大勝した。私は政治的な人間ではないが、関心がないわけではない。バレエも政治と無縁ではいられない。
 今回の参院選の東京都選出候補者のポスター掲示板を眺めていて、「バレエ大好き!」という文字が入ったポスターに目がとまった。気がついた東京のバレエファンは多いのではないか。私など不謹慎にも、また目立ちたがり屋のバレエダンサーが立候補したのかと、正直とまどいを覚えた。バレエが好奇な目で見られたらかなわない。候補者をインターネットで検索したら、「バレエ大好き党」とあった。政見放送をYouTubeで見たら、候補者自身の踊りや寸劇の動画もあって、これを多くの人に見せたいのだなと思ったが、主張していることはけっして的外れなものではなかった。
 選挙公報には「バレエ大好き党の公約は、プロの芸術家への、生活補助制度を作ることです」とある。バレエダンサーが踊りの収入で生活できる社会をつくりたいと、次のようなことを訴えている。日本のプロバレエダンサーの窮状。バレエや演劇、音楽など芸術の重要性。芸術に対する国家レベルのサポートの必要性。加えて、日本のプロバレエダンサーの50%が年収100万円以下。バレエ団との契約は「○○バレエ団に所属している」といえるだけのものだったり、バレエ団との契約は口約束のケースもある。チケット・ノルマの習慣がいまだに残っている。日本は優秀なダンサーを世界に流出させ続けている、などと具体的な例も上げている。
 じつは、私は分不相応ながら日本バレエ団連盟という9団体で構成される統括団体の代表に祭り上げられていて、我が国のバレエ界が抱えている問題はそれなりに認識しているつもりだ。私も自分なりには微力を尽くしてきたつもりだが、簡単に変わらないことを身に染みて感じている。根底にあるのは我が国の場合、バレエがお稽古事からスタートしていて、欧米のバレエ先進国と比べ日本のバレエ界が成り立っている構造基盤が著しく違うことだ。プロの団体とアマチュアの団体の境界が曖昧で、プロとアマが混同して論じられているのも、話を複雑にしているように思う。日本では「バレエ団」を名乗っている団体はたくさんあるが、海外の主要なバレエ団を基準にすれば、日本の場合、そのほとんどがプロとは見なされないのではないか。
 この「バレエ大好き党」の候補者が指摘する日本のバレエ界を取り巻く環境では、到底、世界と同じ土俵で闘えるわけがない。日本のダンサーが収入面で劣るのは、海外の国公立で運営されている主要なバレエ団と違い、財政基盤が脆弱な民間団体が運営しているからだ。海外の主要なバレエ団並みの運営組織ができて、国や公共機関から財政的なサポートがあれば目に見えて改善されるはずだ。
 先ごろ「英国ロイヤル・バレエ団」の主要な13名のダンサーによる〈ロイヤル・バレエ・ガラ〉があった。国籍は6カ国、日本人ダンサーも3人参加している。バレエはグローバルな芸術で才能の世界だから国籍は関係ない。ダンサーの待遇面も含めてバレエ団に魅力がないと、優秀な才能は集まらないのだ。ケヴィン・オヘア芸術監督らと話をする機会があったが、同バレエ団はとてもしたたかに運営されていて、見習うべき点が多い。
 16年前から国会議員でつくっている「バレエ文化振興推進議員連盟」(通称:バレエ議連)がすでに存在していて、日本バレエ団連盟の大きな後ろ盾になってくれている。日ごろから、行政は政治でしか変えられないと思うことは少なくない。バレエは世界各地でおこなわれているグローバルな芸術だから、スポーツの世界と同じようにバレエも世界と闘うなら、グローバル・スタンダードの構造に変えなければ競争にならない。まず日本のバレエ界に必要なのはプロとアマの差別化だと私は思っている。芸術団体に回される国の予算は限られているのだから、助成金のバラマキではなく選択と集中で、予算の有効な配分こそ、いまもっとも重要なのではないか。
 2年半に及ぶコロナ禍は日本のバレエ界にも大きな地殻変動を起こしている。コロナ対策でいくつか国からの助成金がついたが、今回、直面した問題や経験が、我が国のバレエ界の今後の発展につながらなければならないと思っている。いまが改革の最大のチャンスかもしれない。今回、「バレエ大好き党」の候補者は10,150票を獲得した。多いか少ないかは受け取る人によって違うだろう。日本のバレエ界は狭い閉ざされた世界だが、この候補者によって日本のバレエ界の実状を知った人も少なからずいたのではないか。我々は日本のバレエ界を取り巻く環境改善に向けて、政財官界を含め世間の理解を求める努力をしなければならないのは間違いない。なによりも理解者を増やすことが重要だ。「バレエ大好き党」の実態は知らないが、個人活動に近いのではないかと想像している。日本のバレエ界が大同団結し、改革に向けて「日本バレエ改革党」でも立ち上げたら、いったいどれくらいの支持者が集まるだろうと、妄想が広がった。

髙橋 典夫 NBS専務理事