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2022/08/17(水)Vol.452

新 起承転々 漂流篇 vol.66 焼け跡のバレエ
2022/08/17(水)
2022年08月17日号
起承転々
連載

新 起承転々 漂流篇 vol.66 焼け跡のバレエ

焼け跡のバレエ

 東京バレエ団は〈HOPE JAPAN 2022〉全国ツアーを終えたばかりだ。コロナ禍対策の助成金による「アートキャラバン事業」だったが、私も苫小牧と札幌での公演に出向いた。苫小牧市民会館は54年前に開館したと聞いたが、建物のつくりから昭和の世界に迷い込んだようで、私など妙に懐かしさを覚えた。会館に冷房設備がないというのは北海道ならではかもしれないが、昭和の時代と違って温暖化が進み、冷房設備なしでは耐え難いだろう。2026年には新しい市民会館が完成するようで、すでにプロジェクトが進んでいる。翌日は札幌文化芸術劇場hitaruでの公演だった。ここは4年前に完成した劇場で、劇場不足が深刻な東京にもこんな劇場がほしいと思うような素晴らしい劇場だった。
 苫小牧市民会館と札幌文化芸術劇場では開館した年に50年の隔たりがある。私が馬齢を重ねたせいもあるのだろうが、最近は時代とともに人間や文明がどれだけ進化してきたかに興味が募っている。夏のこの時期になると、なぜか遠い昔のことを思い出すのだ。
 先日、真夜中にTBSのドキュメンタリー「解放区」という番組で、「The soul of Swan Lake~『白鳥の湖』戦後の奇跡~」と題し、終戦の翌年(1946年)に日本初演された「白鳥の湖」のことが取り上げられていた。懇意にしている編集者から番組を見ることを勧めるメールが届いたのだ。日本のバレエ界は狭いから、画面に登場した大半の人を私も知っているが、あらためて日本のバレエの草創期に思いをいたすことになった。「白鳥の湖」の日本初演に関しては、「焼け跡の『白鳥の湖』」(小野幸恵著/文藝春秋企画出版部)と題するノンフィクションがあって、私は9年前の発刊当時に読んでいたから、いっそう興味をそそられた。じつは連絡をくれたのはその本を担当した編集者で、著者もよく知る人だ。
 終戦の翌年に、初演された「白鳥の湖」は、現在上演されているものと大きく違っていたようだ。音楽も小牧正英氏が上海から持ち帰った不完全なピアノ譜が元になっていた。その公演を観た人は、焼け野原になった銀座を通って劇場にたどり着き、客席へのドアを開けたら、そこに夢の世界があった、という感想を語っている。ドキュメンタリーにはその公演で「四羽の白鳥」を演じた95歳の諸井昭さんが出演していた。いまと違ってトウシューズが粗悪で足の皮が擦りむけて痛くて涙を流しながら踊っていたが、「毎日、毎日、とても楽しかったですよ」という発言を聞いて、当時の若者たちの情熱と希望をあらためて思った。「1幕はどうしようもなかった」という島田廣氏が残した言葉や、「アヒルのドブ池」という新聞批評も紹介されたが、完全とは言えなかった舞台でも人々を感動させることができたのは何だったのか。終戦直後の厳しい生活を強いられた人々にとって、慰めであり、癒しであり、救いだったのだろう。なんだかんだと言っても、この「白鳥の湖」日本初演が、日本のバレエの原点と言っていいかもしれない。この日本バレエ史の出来事を、こうした番組によって戦争体験のように後世に語り継ぐことは意義があるのではないかと思った。
 私は番組に登場した大先輩たちに比べればまだ若輩者だが、それでも40年にわたって現場に身を置いていると、世の中がめまぐるしく変化しているというのに、日本のバレエ界の変化は遅れていると感じてきた。たしかに先人たちの努力によって、時代とともに少しずつ進化してきた。それでも、バレエは世界中で公演が行われているグローバルな舞台芸術であるにもかかわらず、日本のバレエはまだまだ世界標準になっているとは思えない。その一番の原因はお稽古事文化の延長線上で発展してきたからで、公的な機関によって運営されている海外の主要なバレエ団と違って、日本のバレエ団は財政基盤が脆弱なことだろう。このドキュメンタリーを見て、あらためて我々は歴史のほんの一部を担っているだけの存在であり、少しでも現状を改善、発展させて次の世代に襷をつなげなければならないと思った。
 新型コロナウイルスの感染拡大で、舞台関係は「不要不急」の烙印を押され、この2年半、存亡をかけて塗炭の苦しみを味わってきた。感染症が燎原の火のように広がって、公演の中止や延期に追い込まれたが、心の中も終戦直後の焼け野原のようになっていた。「白鳥の湖」の日本初演時がそうであったように、いまは希望と情熱をもち続け、先人たちの思いをつないで、焼け跡から立ち上がらなければならない時だ。終戦で世相が一変したが、この未曾有のコロナ禍によって、日本の舞台芸術が大きく変化するタイミングが到来したと捉えるべきなのではないか。コロナ禍で多くのことを学んだが、復興のきっかけになりそうなのが、昨年、今年とコロナ対策の事業として実施された「アートキャラバン」かもしれないと私は思っている。このコロナ禍の緊急対策だった本助成事業は、幸い、各地で好評を博したことから、我々のような実演団体の間では「アートキャラバン」の存続を望む声が高まっている。文化芸術は東京一極集中と言われて久しいが、時代は移り、地方創生のためにも劇場を中心とした文化芸術の拠点形成は必要なのではないか。劇場と公演――建物のハードと中身のソフトは車の両輪だ。しかも、劇場で継続的に公演が行われることが重要だと思う。内容のすぐれた公演を続けていれば必ず観客は育つ。各地にできた立派な劇場と芸術団体とが連携することによって、新しい可能性が生まれるのではないか。来年度以降の文化庁の助成の仕組みとも関係することだが、昨年、今年と続いた「アートキャラバン事業」が、今後も継続、発展することを切に願っている。

髙橋 典夫 NBS専務理事