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2022/10/19(水)Vol.456

新「起承転々」 漂流篇 vol.67 淘汰の時代
2022/10/19(水)
2022年10月19日号
起承転々
連載

新「起承転々」 漂流篇 vol.67 淘汰の時代

淘汰の時代

 このコラムを2回連続で休載させてもらった。じつは原稿を書き始めていたのだが、他の案件に忙殺されていて、原稿を書き進める精神的な余裕がなかったというのが正直なところだ。我ながら不甲斐ないが、心配してくださる読者もいて、ありがたくも申し訳なく思っている。
 2回休載している間にも季節はどんどん進み、あんなに暑かった日々が一転、めっきり寒くなっている。時代は大きく動いている。ウクライナ紛争もさらに長期化の様相を呈していて先行きが不透明だが、8月30日に一時代を画したゴルバチョフが亡くなり、9月8日にエリザベス女王が逝去して、少しずつ歴史が塗り替わっていくのを感じる。
 書きかけだったテーマは昨今の音楽事情だ。コロナ禍の長かったトンネルも、ようやく出口が見えてきた。我々にとってアーティストや芸術団体の入国規制が撤廃されるのは大きい。NBSは〈旬の名歌手シリーズ2022〉と銘打ったコンサートを終えたばかりだ。ここ3年間、コロナ禍でオペラの引っ越し公演ができなかったから、せめて代わりにオペラ・アリアのコンサートを開催し、ファンの気持ちが劇場から離れないように繋ぎ止めなければならないと企画したものだった。9月19日にはフアン・ディエゴ・フローレスのコンサート、23日と25日にはリセット・オロペサとルカ・サルシのコンサートを催したが、幸いとてもご好評をいただいた。7月2日に催したソニア・ヨンチェヴァのコンサートとあわせ3種のオペラ・アリアのコンサートを次々に開催したが、およそ2年半ぶりのコンサートに、コロナ禍が始まって以来、これが初めてのコンサートだと話す観客の方々の声を何度も耳にした。〈旬の名歌手シリーズ〉のコンサートに合わせて、来年予定しているローマ歌劇場の概要を発表させていただいた。コロナ禍が始まった2020年からオペラの引っ越し公演ができていないから、来秋実現すれば4年ぶりということになる。コンサート会場でも引っ越しオペラ再開への期待をひしひしと感じた。
 9月22日の日本経済新聞の朝刊に「オーケストラ来日コスト上昇」「円安影響、招へい激減も」という見出しの記事が載っていた。クラシック音楽界が平時に戻りつつある一方で、「今年は、戦争の影響などによる物流コストの上昇に円安が加わり、日本の招へい元のやり繰りは苦しい」とあった。記事によれば、今年の秋は新型コロナウイルスの影響で2020年から延期されていた日本ツアーがようやく実現することから、次々に著名なオーケストラが来日する。コロナ禍で予定していた日本ツアーを先送りした結果だ。一方で、今秋のような一流オーケストラの来日ツアーが「今後、激減するのではないか」と予想する招へい元の声を紹介している。「大きなスポンサーがつく公演は別として、中小の民間事業者が、いまのようなコスト高の中で一流オケを呼び続けるのは無理」。最近の海外との交渉の中で「欧州の音楽関係者も、今後、アジアツアーを諦めざるを得ないと考え始めている」とも感じているという。新型コロナウイルスによる入国制限は世界的には緩和されつつあるが、中国ツアーの再開にはまだ時間がかかりそうだ。「ジャパン・マネー」で音楽家を呼べたバブル時代と違い、近年のアジアツアーは「チャイナ・マネー」を目当てに企画される傾向があった。それができないとなると、日本や韓国だけに来るメリットは小さいからだという。
 我々招へい元はみな同様な危機感を覚えている。コロナ禍明けは峻烈過酷な淘汰の波が押し寄せるに違いない。急激な円安、航空運賃や海上輸送費の高騰など、逆風が吹き荒れている。航空運賃は2~3倍、海上輸送費は3~4倍、それに極度な円安。来年9月に予定しているローマ歌劇場日本公演も、来年の春ごろまでにこの状況が改善されなければ、経済的に実現できなくなるのではないかと不安を抱えている。
 日本はもはや経済大国とはいえないだろう。人生を季節に例えることがあるが、国にも栄枯盛衰があって、いまの日本は冬の時代なのではないか。私など真夏のようなバブル景気をまともに経験した者にとって、日本が没落し「チャイナ・マネー」頼みなどという話を聞くと、敗北感に打ちひしがれてしまう。むろん、過去の栄光を引きずっていても仕方がないが、どうしても遣る瀬なさがつのる。国も時を経て、人生のように年齢によって変化していくのだと考えれば、日本は成熟度を増したと考えたほうがいいのかもしれない。時代に見合った日本をつくるためには、ますます文化が重要になってくるのではないか。国家の気品をつくるのは文化芸術だと私は考えている。今後日本は観光立国をめざすほか生き延びる道はないという説があるようだが、そうであれば文化芸術はますます重要になるだろう。グローバルな芸術であるオペラやバレエ、オーケストラなども必要不可欠だ。2年半続いたコロナ禍は、各方面に大きな影響を残すことになった。コロナ禍において、海外からのアーティストや芸術団体が来日できなかった間に、日本人のアーティストの活躍の場が増え、事業を維持するためにさまざまな種類の助成金が設けられた。アフター・コロナは我々の舞台芸術の世界にも優勝劣敗による淘汰を加速させることになるのではないか。コロナ禍の終わりは、淘汰の時代の始まりなのではないかと私には思える。いまが時代の大きな変わり目に立っているということを肌で感じるのだ。

髙橋 典夫 NBS専務理事