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NEW2022/11/16(水)Vol.458

新「起承転々」 漂流篇 vol.68 動機善なりや
2022/11/16(水)
2022年11月16日号
起承転々
連載

新「起承転々」 漂流篇 vol.68 動機善なりや

動機善なりや

 じつはこの拙稿はジャン=クリストフ・マイヨー率いるモンテカルロ・バレエ団の日本公演の最中、小間切れの時間を見つけては会場の東京文化会館で書き綴っている。同バレエ団の日本公演は当初2020年11月に予定していたが、新型コロナウイルスの感染拡大によって今年11月に延期になったものだ。コロナ禍で鎖国状態だっただけに、NBSとしてはいち早く海外の先端的な作品を紹介するのは重要だろうと考えていた。コンテンポラリー作品の公演は、観客動員が簡単ではないが、ご覧になったお客さまからは「楽しかった」「オシャレだった」という声が多かった。日本のバレエ界の発展のためにも、こうした団体や作品を継続して日本の観客に紹介するのは社会的な意義があると思っている。ヨーロッパなどではほとんどの国で感染症に関わるさまざまな制限がなくなっているが、団員たちは来日して再びマスク生活に逆戻りし、制限が残っていることに窮屈を覚えていたようだ。
 日本でもようやくコロナ禍の出口が見えてきたと思ったら、また第8波がくるのではないかという観測もある。依然、日本ではマスクを着用していないと犯罪者に対するような視線を感じる。でも、ここまでくれば感染者が増えたにしても、世の中の流れとしてこれ以上制限が強まることはないだろう。行政のほうもいかに早く経済を回復させるかに焦点が移っているようだ。コロナ禍で受けたダメージを挽回しなければならないのだ。
 公演の合間に上野駅構内の本屋を覗いてみたら、経済誌の『プレジデント』の表紙に、「人間の品格」と記された大きな文字に目が留まった。私自身「人間の品格」とは無縁な人間だから目に飛び込んできたのかもしれないが、人間の品格とともに、芸術団体の運営に携わる者として、経営者の品格を求められても当然かもしれないとも思う。表紙には「人間の品格」の文字の前に「稲盛和夫直伝」という文字もある。稲盛氏は8月24日に逝去されたので、追悼特集というわけだ。そもそも私は経営に不向きな人間だと自認しているので、少しでも勉強しなければという思いから、以前から稲盛氏の経営指南書・自己啓発書の類に何冊か目を通している。稲盛財団が主催する「京都賞」をモーリス・ベジャールとジョン・ノイマイヤーが授賞した縁で、理事長であった稲盛氏にも何度かご挨拶させていただいている。
 稲盛氏の業績はよく知られているが、27歳のときに京都セラミック(現京セラ)を立ち上げ、ファインセラミックスの技術で世界的企業へと育て上げた。その後、84年には第二電電(現KDDI)を創業、2010年から12年の「JALの再生」にも成功した。"経営の神様"と呼ばれるが、その理由は経営手腕だけではない。1997年に65歳で在家得度して僧侶になり、人生哲学を説いた。特に有名なのが1984年に日本の電気通信事業が自由化され新規参入の機会が訪れたときに京セラを中心に第二電電(現KDDI)を設立したときの逸話だ。通信事業に参入するにあたって、稲盛氏は通信事業を始めようとする動機は善なのか、そこに私心はないのかと、自分自身に厳しく問い続けたという。日本の長距離通信の料金が非常に高いことに疑問を感じていた稲盛氏は、京セラが新規参入することで長距離電話料金が安くなれば国民のためになると考えたのだ。稲盛氏の人生哲学「動機善なりや、私心なかりしか」は、動機が善であり私心がなければ、結果を問う必要はなく必ず成功するという。その信念があったからこそ、成功を掴むことができたのだろう。
 我々の舞台芸術の世界も現在はコロナ禍とは完全にフェーズが変わってきているのを感じる。コロナ禍で公演中止や延期、観客の入場制限などが課せられ、生き残るためにもがき苦しんできた。なんとか生き延びられたのは、国などからさまざまな種類の助成金が用意されたことが大きい。フリーランスのアーティストたちにも持続化給付金のような支援策が用意された。それがあったから、国はこのタイミングで芸術団体と所属団員との契約の実態に注目しているように思う。コロナ禍を受け、日本だけではなく海外の国々においても「基盤整備」と称して、契約や社会保障への関心が高まっているようだ。どうやら文化行政的にホット・トピックらしい。個人のアーティストだけではなく、芸術団体のガバナンスやコンプライアンス強化についての動きもあるようだ。ガバナンスやコンプライアンスは社会的な要請だが、その波が世間から大きく遅れている我々の世界にも及び始めているという実感がある。これからは我々芸術団体にも大企業並みの規範が求められるのだろうか。コロナ禍対策助成の副産物として、芸術団体のガバナンスに関心が寄せられているのかもしれない。特にNBSは公益財団法人だからなおさらだ。「我々の世界の常識は、世間の非常識」と自嘲していたが、もはや非常識は通用しないのだ。助成金なくしては芸術団体の運営は難しいが、一方で、創造のための自由度が減じることになっては本末転倒ではないか。ここで自由度といっても幅があるが、コロナ禍の終わりは、コロナ禍前とは違う世界の始まりで、それに対応していかなければならないということを肌で感じている。我々は芸術団体という名の零細企業だが、これからは変革が求められ、それに対応していかなければ生き残れないのだろう。日々判断を迫られることは多いが、「動機善なりや、私心なかりしか」という稲盛氏の箴言は、私の残りの人生の指針として、あらためて肝に銘じなければと思っている。

髙橋 典夫 NBS専務理事