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2023/02/15(水)Vol.464

新「起承転々」 漂流篇 vol.71 劇場文化100年構想
2023/02/15(水)
2023年02月15日号
起承転々
連載

新「起承転々」 漂流篇 vol.71 劇場文化100年構想

劇場文化100年構想

 今年もローザンヌ国際バレエコンクールが2月1日から5日まで開催された。今年で51回目になるという。このコンクールに合わせて世界の主要なバレエ団の関係者がローザンヌに集結するようだ。よくぞ、このコンクールがここまで発展してきたものだと思う。なぜなら、このバレエコンクールの創始者はフィリップ・ブランシュワイグというスイスの時計部品メーカーの社長で、夫人はバレエダンサーだった。コンクールを始めて数年経ったころ、夫妻でNBSの創立者の佐々木忠次を訪ねてきたことがある。モーリス・ベジャールからの紹介だった。そのころはローザンヌのバレエコンクール自体あまり知られていなかった。それが毎回NHKがコンクールの模様を放送するようになって火が点いた。51年の歳月を重ね世界のバレエ界の重要なイベントに成長した。まさに継続は力なりである。このコンクールは若手ダンサーに世界的に知名度のあるバレエ学校やバレエ団で学ぶ権利を授与する賞が設けられていて、入賞することでプロになる道筋が開ける。ローザンヌのコンクール入賞者は世界各地に散らばっているが、日本出身者で圧倒的に多いのはイギリスで、なかでも英国ロイヤル・バレエ団だ。日本出身のダンサーは11人在籍しているが、そのうち7人が入賞者だ。英国ロイヤル・バレエ団人気は、日本のバレエ少女、バレエ少年の憧れの存在だからに違いない。
 バレエを取り巻く状況も大きく変わっている。今回の日本人の出場者も、日本での予選を経てではなく、10歳そこそこでヨーロッパの名門バレエ学校に入り、そこから国際コンクールを受けるケースが目立っている。10代前半から海外をめざす動きが出てきたのもローザンヌのコンクールの影響があるのではないか。日本バレエ団連盟の報告書に海外のプロのバレエ団に所属している300名のダンサーの名前が載っている。このリストに漏れていたり海外のバレエ学校で学んでいる人を含めると千人台になると目されている。才能の海外流出が取り沙汰されるが、一方で一度海外のバレエ団に所属したものの、日本に戻ってくる例も多くなっているようだ。時代が大きく変わりグローバル化が進んでいるから当然と言えば当然だが、我々もめまぐるしく変化していく状況に合わせて具体的な対応を迫られることになる。
 ローザンヌのコンクールをきっかけにバレエ界の状況の変化に関心が向いていたところに、夕書房という出版社から金森穣著「闘う舞踊団」が送られてきた。本の帯には「すべてはこの国の劇場文化のために――新潟で日本初の劇場専属舞踊団Noism Company Niigataを設立、踊り、創り、率いてきた舞踊家の18年の軌跡。」とある。かつてマイヤ・プリセツカヤの自伝に「闘う白鳥」というタイトルがついていた。NBSの創立者の佐々木忠次には「闘うバレエ」がある。そして、金森さんの「闘う舞踊団」。舞踊は闘わなければならないのだとあらためて思った。
 私も舞台芸術界の一隅で生きる人間として文化政策には関心があるが、この著書を読んで「劇場文化100年構想」を掲げ、強い信念をもって突き進む金森さんはエライと思った。私は金森さんとは2018年の〈上野の森バレエホリデイ〉での『Mirroring Memories-それは尊き光のごとく』と、現在進行中の東京バレエ団の「かぐや姫」の創作を通じてお付き合いをさせていただいているが、不覚にも金森さんがここまで明確な自身の哲学を持って行動されているとは思わなかった。この本の冒頭には「Noismをめぐる18年間の闘いの物語は、私という一人の人間の枠を超えた、この国の劇場文化の姿を伝える重要な事例であり、数十年後、あるいは100年後の未来、私や、今この本を手にしているあなたがいなくなった世の中で、その時代を生きる芸術家の役に立つかもしれない」と高邁な思想が記されている。前半は自伝的な展開だが、後半はひところメディアに取り上げられていた、彼が率いるNoismの存続問題の真相が書かれている。行政への対応など、私も似たような体験をしていることもあって、書かれていること一つひとつが共感できるのだ。金森さんは自分の立場を客観視でき、自分が何をしなければならないのかを理解されている。さまざまな条件や制約を創作性に転化できるのもすばらしい。私自身これまで漠然と思っていた片々が、金森さんのこの本を読んだことによって整理されたような気がする。誰もが興味を抱く内容ではないかもしれないが、創作のかたわら相当なエネルギーを傾注し、一冊の本にまとめられたことに、わが国の劇場問題を憂える一人として敬意を表したいと思う。
 私も金森さんと同様、東京バレエ団を維持し少しでも前に進めるために、日々悪戦苦闘している。自由に使える劇場がほしいと願い続けてきたが、いまではそれどころか、バレエやオペラなどの大規模な公演ができる劇場が老朽化などにより閉館したり工事休館になったりしている。深刻な東京の劇場不足からバレエやオペラが衰退の道をたどることになるのではないかと心配だ。全国的に見れば各地に東京にないような立派な劇場が点在しているのだから、そうした劇場がNoismにならって、専属の芸術団体を持つことを願っている。劇場と芸術団体が有機的に結びつくことによって創造の新たな可能性が生まれるだろうから。日本は優秀なダンサーを輩出していても、国内にはほとんど欧米のような受け皿がない。うまくマッチングできれば、海外に誇れる成果を生むことが期待できるのだ。
 私には我が国の文化政策では我々の現場と行政がうまくマッチしていないということが根本的な問題であるように思える。「劇場文化100年構想」を唱える金森さんに刺激され、あらためて日本のバレエの来し方行く末に思いを馳せて、私も闘わなければと思った。

髙橋 典夫 NBS専務理事