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2023/04/19(水)Vol.468

新「起承転々」 漂流篇 vol.73 春や春
2023/04/19(水)
2023年04月19日号
起承転々
連載

新「起承転々」 漂流篇 vol.73 春や春

春や春

 春爛漫のこの時期になると、口をついて出るフレーズがある。「紫紺の空には星乱れ、緑の野には花吹雪、千村万落春たけて、春や春、春南方のローマンス......」。これは無声映画の活弁の口上なのだが、のどかな春爛漫のイメージがそこはかとなく湧き上がってくる。私自身なぜこの一節を憶えているのかまったく思い出せない。早くも球春も満開だ。WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で日本が優勝した。漫画のような劇的な優勝だったから、日本中で歓喜が爆発した。コロナ禍で3年余り抑圧されていた日本人にとって、この優勝はまさにコロナからの解放を祝う号砲だったのではないか。
 桜が咲いて散っていく。私は毎年それだけで感傷的な気分になるのだが、今年もこの時期に大江健三郎が散り、坂本龍一が散った。かれらは文学や音楽だけではなく、平和や護憲、環境や反原発など社会運動にも関わり、多くの人々に影響を与えた。有名になればなるほど、社会的な役割を担わなければならないと思って行動していたに違いない。
 ゴールデンウィークは若葉が萌え出ずる一年で一番美しい季節だが、この時期にNBSは2017年から〈上野の森バレエホリデイ〉を開催してきた。もっとバレエや劇場を身近に感じてもらうために、無料や低廉な料金のさまざまなイベントを行い、コロナ禍前の2019年には訪問者が8万3千人を数えた。東京文化会館を中心にバレエをテーマにしたイベントを展開してきたが、2020年にコロナが始まって以来、オンライン・プログラムに切り替えたり、感染対策のために規模を縮小してなんとか継続してきた。この〈上野の森バレエホリデイ〉は、文化庁の戦略的芸術文化創造推進事業の助成金があってはじめて実現できていたのだが、その助成金も5年が期限だったので昨年で終了した。せっかく苦労してこれまで継続してきたので、なんとしても続けなければと思いスポンサー探しなど自助努力はしてきたものの、なかなか結果が出なかった。同時に初めて日本芸術文化振興会の日本博の助成金に応募することにした。当該事務局とのヒアリングでは良い感触だったのだが、年度末の3月30日になって不採択の報せがあった。能天気な私は6年間の実績がそれなりに評価され、採択されるものと思って準備していただけに、その報せに目の前が真っ暗になった。突然の春の嵐だ。この助成金の財源は外国人の出国税を基にしていて、インバウンドを増やすことを目的にしているから、活動の目標が十分に伝わらなかったのだろう。〈上野の森バレエホリデイ〉の初日は4月28日だから、当然、東京バレエ団の公演や他の有料イベントは、すでにチケットを売り出している。助成金がつかないからと言って急に止めるわけにはいかない。国の行政は4月1日から翌年の3月31日までの単年度予算だから、年度始めの事業にはこんな生死に関わるような落とし穴があるのだ。やむなく今回の〈バレエホリデイ〉は規模を縮小せざるを得ないが、状況に合わせて変化させながらでも続けることが重要だと思っている。文化芸術は人を成長させるが、そもそもカルチャーの語源は耕すことだから、耕し続けなければならないのだ。
 私のようなバブルを体験した世代にとって、日本人はさんざんエコノミックアニマルと揶揄されていたのが頭にこびりついている。1988年には1人当たりの国内総生産(GDP)は世界で第2位だった。その後、バブル崩壊から30年間停滞が続くことになるが、日本は目指すべき目標を失っていたように思う。本来ならば、低成長を嘆くだけでなく文化への投資に取り組むべきだったのではないか。日本の文化予算は国家予算の0.1%で、1人当たりの政府文化支出はフランスや韓国の8分の1だという。いまの時代、防衛力強化も必要かもしれないが、日本文化を世界に向けて発信することで、ソフトパワーを誇示することができるのではないか。かつて日本は最新テクノロジーを売りにする輸出国だったが、いつのまにか様変わりしインバウンドだ、観光立国だという言葉を耳にする機会が増えた。過去の遺産や食文化、アニメなどのポップカルチャーに頼らざるを得なくなっている現状にやるせなさを覚えるのは私だけではないだろう。インバウンド拡大をいうなら日本固有の文化を世界にアピールすることはもちろんだが、一方ですでに日本に根付いているグローバルな文化もうまく活用しなければならないのではないか。
 私がこのコラムで拙い文章を綴っている目的は、読み手の皆さんに舞台芸術の現場の声を聞いてもらいたいからだ。これまで私もこの舞台芸術の世界で糊口を凌いできた恩義があるから、無名な私であっても、わが国の舞台芸術の今後の発展のために、できることは何でもやらなければならないと思っている。微力であっても無力ではないはずだ。
 気がつけば、まるで3年に及ぶコロナ禍などなかったように、街には賑わいが戻り、コロナ禍以前にも増して多くの外国語が飛び交っている。観光立国日本のために、いまこそ文化芸術によって経済を浮揚させ、日本文化を世界に発信しなければならないのだ。そして、来年の〈上野の森バレエホリデイ〉開催に向けて、なんとか道が開けないものかと念じている。どうぞ、皆さんもこのゴールデンウィークはこぞって若葉が萌え出ずる春爛漫の上野の森にお出かけいただきたい。上野の森は春たけて、春や春、〈バレエホリデイ〉のローマンスの始まり始まり......。

髙橋 典夫 NBS専務理事