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2023/06/21(水)Vol.472

新「起承転々」 漂流篇 vol.75 劇場文化の危機
2023/06/21(水)
2023年06月21日号
起承転々
連載

新「起承転々」 漂流篇 vol.75 劇場文化の危機

劇場文化の危機

 神奈川県民ホールが2025年4月1日から休館になるという情報が飛び込んできて、突然パンチをくらったような衝撃を受けた。今年3月に「劇場不足深刻」と題しこのコラムにも取り上げたが、ますます東京近郊の劇場不足の危機が身の周りに迫ってきているのを感じる。その後、横須賀芸術劇場も2024年7月から26年3月まで工事休館することを知り呆然とした。さらに6月16日に東京バレエ団の公演があって川口総合文化センター・リリアに行った際に、そのホールも2024年3月から約2年間改修工事のため休館すると聞いて、思わず「エーッ」と声を上げてしまった。東京文化会館も2026年から工事休館に入る方向で動いているようだから、東京近郊で本格的なオペラやバレエ公演を上演できる劇場がどんどん減っている。NBSのオペラの引っ越し公演は東京文化会館を中心に、神奈川県民ホールとNHKホールを使って公演を実現してきた。NHKホールもNHK本体の建物が建て替え工事中で、その影響でNHKホールを借りられる日がなかなか確定しないから、オペラの引っ越し公演のように3~4年前から計画を立てなければ実現しない大型プロジェクトは、ますます困難になる。
 渋谷のオーチャードホールも平日は休館しているし、三宅坂の国立劇場や帝国劇場も建て替えが決まっている。同じ時期に建てられたホールが、経年劣化で改修工事が必要になるタイミングが重なってしまったのが主な原因だが、続けざまにパンチが飛んできて、叩きのめされた感じだ。これでは劇場文化が衰退していくばかりだ。劇場間で連絡をとり合い改修工事の時期を調整するのかと思えばそうではないようだ。行政は縦割りだから横の調整はしないのだろう。劇場を使う実演団体の立場で、改修期間中の代替施設のことなど考える者など誰もいないのだ。公演ができる場所がなければ、NBSは座して死を待つほかない。劇場文化の継続のことを考えれば、どこかで日本全国の劇場の状況を網羅的に把握する機関が必要なのではないかと、いまさらながら思う。なぜコロナ禍でまともに公演ができなかった3年の間に改修工事を済ませておかなかったのかという声もあるが、その時々をふり返れば、それどころの状況ではなかったのも確かだ。
 本格的なオペラ・バレエのできる劇場で残るのは新国立劇場(以下、新国)だけだが、同劇場のオペラパレス(大劇場)の外部への貸し出しは極めて限定的だ。海外からの招聘オペラやバレエには貸し出すことはないだろうから、東京文化会館が長期の改修工事に入ったら、オペラの引っ越し公演はもちろん、海外の大型バレエ団の招聘公演もできなくなる。
 実際、これまで私自身も微力であっても折にふれ、東京の劇場不足に関してはそれなりに声を上げてきたつもりだが、大きな声にならなかったという恨みはある。いまの状況を鑑みれば、劇場文化をどうするか長期的な視点に立った政策がないことがあらためて明らかになったように思う。国や地方自治体は舞台芸術のインフラである劇場に、まったく関心がないとしか思えないのだ。
 6月16日に閣議決定された「骨太の方針」(経済財政運営と改革の基本方針2023)には、「新国立劇場など国際拠点となる国立文化施設や博物館・美術館のグローバル展開を含む機能強化」との文言が入っている。これまでも新国は稼働日数が少ないとの声が多かったが、東京近郊に残された唯一の本格的なオペラ・バレエが上演できる劇場として、いま一度新国の役割が見直されなければならないのではないか。機能を強化して、他のオペラ団やバレエ団の公演をもっと受け入れることが期待されているのは間違いない。古くからNBSを支援してくださっている方の中には、NBSの創立者の佐々木忠次が新国立劇場批判の急先鋒だったことを憶えている人は少なくない。設計段階で佐々木は客席数にこだわっていて、最低でも2000席は必要だと主張していたが、興行師の論理だと誹謗されていた。いまでは現行の1800席では小さすぎたという声の方が多いだろう。世界中の多くの劇場を知悉していた佐々木の主張の方がリアリティーがあったのは確かだが、すでに佐々木が没して7年、いまとなっては恩讐の彼方だ。
 私は分不相応ながら、9つのバレエ団で構成される統括団体である日本バレエ団連盟の代表をつとめている。国会議員でつくられているバレエ文化振興推進議員連盟(略称:バレエ議連)があるのだが、その会合の際に新国立劇場のオペラパレスをもっと我々のバレエ団に貸し出してほしいと要望を伝えた。そのとき新国の関係者からは外部の団体に貸し出す日程的な余裕がないという答えだったので、ウィーン国立歌劇場の例を挙げた。同劇場は舞台スタッフは深夜作業を含めた8時間勤務の3交代制で、3面舞台を使って当日の公演とともに翌日の演目の仕込みをしているから、日替わりで異なる演目を上演できる。そもそも多面舞台は次の演目の準備をするための機構なのだが、日本でもいくつかの都市で多面舞台の機構を備えた劇場はあるものの、そうした使われ方はされていない。オペラやバレエ公演を連日やるわけではないので必要ないのだ。まさに宝の持ち腐れ。新国の関係者によると、舞台スタッフを十分に確保できないという答えだったが、劇場不足が深刻な問題になっている今、簡単に新しい劇場を建てるわけにはいかないのだから、国は新国立劇場に対し予算を増額し、舞台スタッフを増やしてでも、フルに新国を活用できる仕組みをつくってほしいものだ。
 新国にとっても、毎日のようにオペラやバレエの公演がある方が、国内的にも国際的にも、存在価値が高まるのではないか。劇場は観光資源でもあるのだから、インバウンドを増強するためにも有効なはずだ。何よりも新しい観客を創造できる。地方都市には東京にはないようなオペラやバレエができる立派な劇場がいくつもある。それらの劇場とも連携しながら、地方の活性化にも役立つような施策を考える必要があると思うのだが、どうだろう。劇場が次々に工事休館に入る中、劇場文化を守る最後の砦として新国立劇場が果たさなければならない役割が大きくなるだろうから、私も陰ながら応援したいと思っている。

髙橋 典夫 NBS専務理事