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2023/07/19(水)Vol.474

新「起承転々」 漂流篇 vol.76 メルボルンで考えた
2023/07/19(水)
2023年07月19日号
起承転々
連載

新「起承転々」 漂流篇 vol.76 メルボルンで考えた

メルボルンで考えた

 この拙稿はメルボルンから帰りの機上で書いている。東京バレエ団がメルボルンの州立劇場で11回に及ぶ「ジゼル」の公演をしているのだが、私は3キャストによる3公演を観たところで現地を離れた。公演は連日満席で、観客からは熱狂的に迎えられている。第1幕では観客がドラマティックな演技に息をのみ、第2幕では一糸乱れぬコール・ド・バレエに驚嘆しているのがわかる。カーテンコールは現地の習慣なのだろうが、ブラヴォーはないものの、キャーキャー、ピーピーと大騒ぎなのだ。初日には急遽キャンベラから鈴木量博大使が駆けつけてくれ、バレエ好きで有名らしいドレイファス法務大臣ご夫妻も鈴木大使の隣の席でご覧になった。大臣がしばしば「アンビリーバブル」と囁いていたと、鈴木大使が教えてくれた。現地に住む日本人女性は、同じ日本人として誇りに思うと目に涙を浮かべながら声をかけてくれた。メルボルンは日本とは真逆の冬だから、体調を崩すのではないかと心配だったが、日本の猛暑から解放され快適だった。人々は穏やか、物価が高いことを除けばとても住みやすそうな街で、島田順二総領事ご夫妻から公邸に招かれるなど、良い印象ばかりだ。
 今回のメルボルン公演はオーストラリア・バレエ団の芸術監督であるデヴィット・ホールバーグが彼らの今シーズンのゲスト・カンパニーとして東京バレエ団を呼んでくれたのだ。私は5泊6日という短いメルボルン滞在だったが、あらためて日本のバレエ団を取り巻く状況について考えさせられる機会になった。それというのも、メルボルンに来る前には、NBSとして英国ロイヤル・バレエ団を日本に招聘していたこともあって、東京バレエ団と英国ロイヤル・バレエ団、それにオーストラリア・バレエ団と、それぞれを比べることで身をもって違いを実感することができたからだ。東京バレエ団はもとより日本のバレエ界の課題も実感することになって、さらに重い荷物を背負わされたような気分だ。
 オーストラリア・バレエ団の団員は80人でメルボルンだけで約150公演行い、シドニーでも30~40回、それ以外の都市でも公演しているから年間200公演以上になるという。演目は年間6~7つで、観客は定期会員が多く1演目につき30~40回は上演するという。入場料収入のほか、国や州からの助成金、寄付やスポンサー、インベストメント(資産運用)、駐車場の貸出料などの収入があるという。
 一方、英国ロイヤル・バレエ団は団員90人、年間約11演目で150回くらい公演している。ロイヤル・オペラハウスの劇場付きのバレエ団だが、ロイヤル・オペラハウスはおそらく世界の主要なオペラハウスの中でも、もっとも経営的にうまく行っているように思う。ロイヤル・オペラハウスといえども低迷していた時代がある。1990年代のことである。トニー・ホールが総支配人に就き改革に取り組んだ。新たに広々としたホワイエを増築し、映像会社を傘下に入れ、サッカーのマーケティングのプロを引き抜くなどして、改革を進め今日の発展の礎をつくったのだ。近年特に日本で人気が高いのは、舞台映像のシネマ・ビューイングを展開したり、日本人ダンサーがプリンシパルやソリストになっていることで注目度が高まり、日本のバレエ少女、バレエ少年の憧れの対象で、身近に感じられるからではないか。
 東京バレエ団の団員は75名で年間約6~7演目で70公演くらいだ。ロイヤル・バレエ団は創立92年目だが、オーストラリア・バレエは61年目で、東京バレエ団は59年目。東京バレエ団とオーストラリア・バレエ団は創立年がほぼ同じだからこそ、彼我の違いをいやでも考えさせられてしまったのだ。それぞれの団体によって運営形態が違うので、単純な比較はできないものの、ロイヤル・バレエ団もオーストラリア・バレエ団も組織が大きく、東京バレエ団とは企業と個人商店くらいの違いを感じる。働いている職員数も東京バレエ団とは比べものにならない。ロイヤル・バレエ団やオーストラリア・バレエ団のように東京バレエ団も組織化、効率化して経営基盤を強化しなければ、今後の発展は望めないことは確かだ。職員を増やし、組織をうまく機能させ、観客を増やし、公演数を増やし、公的な助成金の額を増やしてもらい、さらに寄付金を集め、企業にスポンサーについてもらい......ともかく収入を増やさないことには何も改善できないが、東京バレエ団が足りないことを書き出したら、課題が多すぎて目まいがしそうだ。
 バレエはグローバルな芸術だから世界のバレエ団がしのぎを削り、切磋琢磨している。日本のバレエ団も世界と闘うことを余儀なくされているのだ。日本はバレエの学習人口の多さやバレエ公演、バレエ・コンクールの多さから、海外から「バレエ大国」と見なされている。実際、ロイヤル・バレエ団には日本出身者が11名いて、先の日本公演でも日本人ダンサーが大活躍だった。オーストラリア・バレエ団にも日本人が5人、日系のダンサーが3人いる。日本人ダンサーの海外流出については、日本では踊るだけで生活ができない、世界基準の受け皿になるバレエ団が少ないなど、さまざまな見方があるだろうが、いま日本のバレエ界の旧態依然とした構造にメスを入れなければ、ますます海外の主要なバレエ団に後れをとってしまうのではないか。
 海外公演に出るたびに、東京バレエ団は「踊る外交使節」だと思う。文化外交の一翼を担っていると実感できるのだ。日本を代表するバレエ団として、東京バレエ団はもっとロイヤル・バレエ団やオーストラリア・バレエ団に近づけるような体制をつくる必要がある。国際的な視点で日本のバレエをどう捉えるか。民間の細腕では限度があるから、ぜひ政治や行政には世界と互角に闘えるよう後押しをお願いしたい。
 東京バレエ団のメルボルン公演はこの後も22日まで続くが、メディアの公演評も絶賛に次ぐ絶賛で、現地のバレエ愛好家の間では大評判のようだから、さらなる盛り上がりを見せてくれるに違いない。

髙橋 典夫 NBS専務理事