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2023/09/20(水)Vol.478

新「起承転々」 漂流篇 vol.78 引っ越しオペラ復活
2023/09/20(水)
2023年09月20日号
起承転々
連載

新「起承転々」 漂流篇 vol.78 引っ越しオペラ復活

引っ越しオペラ復活

 ローマ歌劇場日本公演の真っ最中だ。喉元を過ぎたらコロナのことを忘れかけているが、オペラの引っ越し公演が4年ぶりにようやく復活した。前回のこのコラムで、現在のオペラ引っ越し公演の状況を氷河期のマンモスに例えたが、お客さまの高齢化が進み、劇場の車椅子席が足りない状況に、あらためて危機感を募らせている。現場では毎年継続してやっていれば気がつくことでも、忘れて抜け落ちてしまっていることがいくつもあって、4年間の空白を実感させられている。ただ、4年ぶりの引っ越し公演に対する観客の方々の反応はとてもよく、復活を喜ぶ声ばかりだ。終演後に劇場の出口に立ってお客さまのお見送りをしていると、その表情から満足度がつぶさに伝わってくる。今回はみな喜びに満ちた表情だ。公演を観にきた古い友人から「大入りでよかった。儲かっているね」と声をかけられた。入場料が高いし客入りがよければ儲かっていると思われるのは当然かもしれない。私はすかさず「とんでもない」と否定し、引っ越し公演の実状を話したら、友人は黙ってしまった。オペラの引っ越し公演の仕組みは、一般の人々にはなかなか理解してもらえないと思う。
 我々の仕事は一言でいえば夢を売ること。開演から終演まで、観客に夢のような時間と空間を提供することだと思っている。ここでオペラファンに冷水をかけるようなことを書いても仕方がないのだが、オペラ引っ越し公演が直面している問題を知ってもらうことは意味があると思う。このコラムで何度か書いているが、引っ越し公演は「輸入」だから、極度の円安は大打撃だし、航空運賃や滞在ホテル代、海上輸送費など制作コストの高騰が大きく響いている。舞台スタッフの高齢化や人材不足も問題だし、働き方改革によってこれまでよりも規制が厳しくなっているのも足かせになっている。そのうえ、感染症や台風による交通機関の計画運休などによって、いつ公演が中止に追い込まれるかもしれないから、つねに戦々恐々としている。
 そもそも引っ越し公演の意義をいま一度認識する必要があるだろう。もしオペラ引っ越し公演がなかったら、日本の音楽界はどうなっていたのだろう。日本の音楽史における客観的な評価はどうなのか。引っ越し公演が果たした役割は何だったのか。日本のオペラ団もレベルアップしているから引っ越し公演は不要だという声もある。オペラ引っ越し公演は歴史的な使命を終えてしまったのだろうか。
 私は引っ越し公演の栄枯盛衰を現場で体験してきた数少ない一人かもしれない。日本の経済が右肩上がりだったオペラ引っ越し公演の黄金時代と、現在のオペラを取り巻く状況とはまったく違う。私自身、NBSが大きな赤字を抱えながらもオペラ引っ越し公演を続ける必要があるのかどうか、確信がもてないでいる。壁に突き当たっているのは間違いない。ではどうすればいいのか。壁に突き当たったら、壁を乗り越えるか、曲がるしかないのだ。かつて日本は技術大国と言われていたが、ITやAI技術で海外に後れをとり、いつのまにかインバウンドに頼らざるを得ない観光立国に変貌している。外国人観光客相手に過去の文化遺産で食いつなぐ国に成り下がってしまったと感じるのは私ばかりではないだろう。日本は文化遺産でしか生き延びる道がないのであれば、舞台芸術も"観光資源"になりうるのだから、これを積極的に活用すべきではないだろうか。それには劇場という舞台芸術の拠点が必要だ。
 これからのオペラやバレエなどの舞台芸術は、観光、街づくり、国際交流、福祉、教育、産業等関連分野と連携して、総合的な文化政策の展開が求められることになるだろう。オペラ引っ越し公演は、いまや海外ではほとんど見られない日本特有の文化になっているので、他のアジア諸国には真似のできない観光客誘致のための有力なコンテンツの一つになるのではないかと思っている。インバウンドはものすごい勢いで増えているが、ナイトタイムエコノミーが不足していると言われている。昼間は観光やショッピングを楽しみ、夜は劇場に行くという流れができないものか。私には確とした文化政策が日本にあるとは思えないのだ。オペラの引っ越し公演のような巨大プロジェクトは、本来なら公的機関が手がけるのがふさわしい。社会的な影響を鑑みると、公的な支援があってもいいと思うのだが、手前味噌との誹りを受けるだろうか。
 NBSは公益財団法人だから、今後の公演実施の可否は理事会で決定することになる。これまでオペラの引っ越し公演で大きな赤字をつくってきたから、財政面だけで考えると実施に対し躊躇する意見が多かった。今回、理事たちもローマ歌劇場の公演に実際に足を運び、観客の反応などからNBSがオペラ引っ越し公演に取り組む意義をあらためて認識してくれたように思う。前述のようにさらにオペラ引っ越し公演を取り巻く環境が厳しさを増しているから、実現するためには今までにない新しい手法が必要だ。ともかく資金の調達だ。我々が円安で苦しんでいる一方で、円安で儲かっている企業もあるわけだから、オペラ引っ越し公演に支援の手を差し伸べてもらえないものかと思う。来年6~7月には英国ロイヤル・オペラを招聘し、ヴェルディの『リゴレット』とプッチーニの『トゥーランドット』を上演する予定だ。オペラ引っ越し公演を存続させるために、ぜひオペラを愛する方々の知恵もお借りしたい。

髙橋 典夫 NBS専務理事