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2023/12/20(水)Vol.484

新「起承転々」 漂流篇 vol.81 窮余の愚策
2023/12/20(水)
2023年12月20日号
起承転々
連載

新「起承転々」 漂流篇 vol.81 窮余の愚策

窮余の愚策

 気がつけば今年もはや年の瀬だが、時が過ぎるのが年々早く感じられるのは年齢のせいだろうか。いま自民党安倍派による政治資金パーティーを通じた組織的な裏金作りの問題で政治が大きく揺れている。岸田政権も私には風前の灯のように見える。日本がどんどん沈没していくように思えてしかたないが、その元凶は何かと考えると、どうしても政治の弱体化に思いが至ってしまう。我々の文化芸術も政治と直結しているはずなのだが、いまの政治は文化政策がないがしろにされているとしか私には思えないのだ。日本がもっとも元気だった昭和の時代を象徴する人物は田中角栄らしいが、この12月16日でちょうど没後30年になるという。卓越した人心掌握術と『日本列島改造論』をぶち上げ「コンピューター付きブルドーザー」と呼ばれた馬力は、たしかに昭和という熱量に溢れた時代を体現していたように思う。一方で「派閥とカネ」の問題は、田中政権の時代から少しも変わっていない。いまだに昭和の価値観を引きずっているように思えてならないのだ。
 私は舞台芸術の現場で40年以上にわたって、わが国のオペラやバレエの盛衰を身をもって感じてきたつもりだが、日本の国勢と軌を一にして年々舞台芸術を取り巻く状況が厳しくなっているのを痛感する。なかでも息の根を止められてしまうのではと危惧しているのが、首都圏の劇場不足だ。劇場不足は文化政策や文化行政の問題であって、我々実演団体が解決できる問題ではない。劇場のみならず、どんな建物もどこかのタイミングで改修工事が必要になるわけだから、工事休館の間、実演団体が活動を継続できる施設が必要になるのは誰でも簡単に想像できるはずだ。想定されることに対してあらかじめ対応策を考えるのは、本来、国なり自治体の責任ではないかと思うのだが、どうだろう。
 首都圏の劇場が休館することが問題になっている対象は、客席数が2000席前後の大規模な公共ホールだ。一番影響を受けるのが、オペラの引っ越し公演や海外からの主要なバレエ団の招聘を行っている、他ならぬNBSではないかと思っている。NBSは東京バレエ団を運営する一方、海外から一流のオペラ団やバレエ団を招聘してきたが、東京文化会館なくしてはそれらの大規模な招聘公演は実現できないのだ。東京文化会館は2026年春から改修工事に入るとの非公式な情報があるが、10年くらい前から漏水工事が必要だという切実な話は何度も耳にしていた。だからいまさら工事をやるなとか延期してくれということは言えないが、3年ともいわれている工事期間はあまりにも長い。なんとか1年くらいに短縮してもらいたいというのが切なる願いだ。1年くらいならなんとか凌げても、3年にもわたる長期休館となると、はたしてNBSは存続できるのかと不安になる。東京文化会館の休館中は代替の劇場がないのだから大型の招聘公演は諦めざるを得ないと覚悟している。ミラノ・スカラ座やウィーン国立歌劇場をはじめとするオペラの引っ越し公演、パリ・オペラ座バレエ団や英国ロイヤル・バレエ団の全幕物の公演など本格的な舞台を3年も観られないというのは、オペラやバレエ愛好家にとっても耐えがたいことではないか。
 いま劇場が足りないからといって、新しい劇場を建てるとしたら最短でも6~7年はかかるだろう。現実的に劇場不足の損害をオペラやバレエにおいて最小限に抑える方策は、東京文化会館の改修工事期間を短縮するしかないのではないかと私は思っている。そのために政治や行政は知恵を出し、工事期間の短縮に向けて動き出してほしいのだ。私も無い知恵を絞ってNBSが生き延びる道を模索しているが、私の考える窮余の一策ならぬ愚策は次のようなことだ。東京文化会館の周辺は上野公園とJR上野駅で、住宅地ではないから工事の騒音が問題になるとは思えない。早朝から夜遅くまで作業を2交代制にするなどして工期を短縮することはできないものだろうか。建設関係者に聞くと、働き方改革や労働力不足の問題により工期を短縮することは相当難しいらしい。大阪万博でも労働力不足や残業時間規制が大きな問題になっているが、いったい国や自治体はどう解決するつもりなのか心配になる。一方、三宅坂にある伝統芸能の国立劇場の建て替えのための入札が2度にわたって不調となり、先が見通せない状況に陥っているようだ。その要因も最近の人件費や建設資材の高騰にあるらしいが、国立劇場は日本の伝統芸能の発信地であり、その機能停止の長期化は影響が大き過ぎる。劇場文化を守るために国なのか東京都なのかわからないが東京文化会館の休館期間を短縮する何らかの解決策を見出してほしいものだ。工期を短縮するために余計にお金がかかるというのであれば、国や東京都には劇場文化を守るために予算を積み増ししてもらいたい。お金の問題だけなら、民間から寄付を募ることも考えられるのではないか。東京文化会館と同じ上野公園内にある国立科学博物館は資金難に喘いでいたが、クラウドファンディングで5万7000人から、9億2000万円の支援金を集めることに成功したという。東京文化会館の改修工事の工期を縮め、劇場文化を守るためなら、寄付をしてくれる企業や人はたくさんいそうな気がする。
 東京の劇場不足が深刻な一方、地方の主要都市には東京に無いような立派なオペラ・バレエ劇場はいくつもある。首都圏の劇場不足を逆手にとって、地方のいくつかのオペラ・バレエの上演に適した劇場を限定し拠点化できないだろうか。コロナ禍の時に「アートキャラバン事業」で、国から特別な助成金が出て我々実演団体が全国各地の劇場を回ったが、我々の活動が首都圏の劇場不足によって衰退しないためには、なんらかの支援策を打ち出してもらいたい。拠点になる劇場に勢いが増せば、地域社会の活性化にもつながるはずだ。文化芸術においても田中角栄の『日本列島改造論』のような大胆な政策綱領が求められているのではないか。劇場不足問題も政治や行政で真剣に議論してもらい、一日も早く解決策を示してほしいものだ。昭和から平成、そして令和に移って5年、いまの政治や社会の重苦しい閉塞感を一掃する「コンピューター付きブルドーザー」のような政治家の出現が待ち望まれているのかもしれない。

髙橋 典夫 NBS専務理事