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2024/03/20(水)Vol.490

新「起承転々」 漂流篇 vol.84 断末魔
2024/03/20(水)
2024年03月20日号
起承転々
連載

新「起承転々」 漂流篇 vol.84 断末魔

断末魔

 急に春めいた陽気に誘われて、久々にNBS近くの目黒川沿いの道を歩いてみた。いつのまにか季節は進み、すでに桜のつぼみも膨らんでいる。少しずつ暖かくなって気分も明るくなりそうなものだが、そうならないのは私の頭から片時も劇場不足の問題が離れないからだろうか。散策しながら考えた。首都圏の劇場が相次ぎ休館し本格的なオペラ・バレエの公演ができなくなることで客離れが心配だし、公演数が減ればNBSの経営にも大きく影響する。運営している東京バレエ団の団員やスタッフの生活のことを考えなければならないのだ。劇場不足に関しては、我々にはどうすることもできないだけに絶望的な気分になる。
 少し前に終ったパリ・オペラ座バレエ団日本公演の際に、総裁のアレクサンダー・ネーフ氏もバレエ団に同行していたので、いろいろ話をすることができた。その中で、2027年から28年の1年間、ガルニエ宮が改修工事のため休館すると聞いた。その工事が終わると2029年から31年までの2年間でオペラ・バスティーユの改修工事を行うという。パリ・オペラ座はガルニエ宮とオペラ・バスティーユの2つの劇場があるから、やりくりしながら公演活動を続けるのだろうが、それ以外にもシャンゼリゼ劇場やシャトレ座も使う予定だと話していた。改修工事は劇場だけでなくどんな建造物だって必要になるのだから、工事期間中どう活動を継続するかは数年前から計画的に考えられていなければならない。いま我々が直面している首都圏の劇場不足問題のように、あるとき個別に改修工事が発表され、気づいたら我々が公演を行う劇場がない、という事態にはならないのだ。
 そもそも劇場を改修するなら代替の劇場を確保してから工事に取り掛かるのが普通だと思うが、日本でそうならないのは、劇場といっても単なる貸し小屋だからだ。劇場が専属団体を抱えていないから団体側の事情に思いが至らないのだろう。例外は新国立劇場で、専属のオペラ、バレエの団体を擁しているが、近い将来には改修工事が必要になるはずだから、その時になれば新国立劇場の専属団体も、いま我々が抱えている同様の問題に直面することになるだろう。
 去る2月16日に昨年改修工事のために閉館した三宅坂の国立劇場に関し、伝統芸能の実演家たちが記者会見を開き、劇場の空白期間が長引けば、文化が存続できないと危機感を訴えた。58年前に開館した国立劇場は、建物や設備の老朽化などを理由に建て替えが決まっている。すでに同劇場は昨年10月に閉館しているが、2度にわたり入札の不調が続き、当初2029年秋としていた劇場の再開時期の見通しが立たないという。日本の伝統芸能の拠点である国立劇場の閉館期間が長くなればなるほど、伝統芸能の保存や普及、後進の育成に深刻な影響が出るのは間違いない。歌舞伎や日本舞踊、邦楽、文楽の関係者からは悲痛な声ばかり聞こえてくるが、もっと行政は現場、現実に寄り添った対応策がとれなかったのかと思ってしまう。国は日本の貴重な財産である伝統文化を守らなくていいのか。
 このコラムに何度か取り上げているように、伝統芸能だけではなく我々のオペラやバレエなど舞台芸術の分野においても同じことが起こっている。今後、本格的なオペラやバレエが上演できる2,000人以上の客席数を擁する劇場が相次いで休館するから危機的な状況に陥ることは必至だ。特に東京文化会館が非公式ながら2026年から3年間工事休館に入ると言われているから、NBSにとっても存亡に関わる大問題だ。1年程度なら何とか持ちこたえられても3年先となるとNBS自体が存在しているかどうかさえわからない。
 かつて五反田のゆうぽうとホールが2015年に閉鎖された後、実演家団体が集まって築地の市場跡地に劇場を造ってほしいと当時の舛添都知事に陳情したことがあった。築地市場跡地に劇場を建てることによって、築地、銀座、有楽町、日比谷と続く劇場群をつくろうと『東京ライブシティ構想』を都知事に提案したのだった。その直後に都知事が代わり、それっきり築地に劇場を造る話は断ち切れた。そもそも劇場の重要さが理解されていないのだろうと思う。国立劇場が建っている土地は、皇居に面した環境の住宅地としては好立地に思えるが、商業地域ではないから劇場にふさわしい場所とは思えない。国立劇場は国有地だが、築地の市場跡地は東京都の所有だから等価交換して築地に劇場を造り、三宅坂に地の利を生かした施設を造ることはできないものだろうか。私は次世代のためにも築地の市場跡地に伝統芸能の国立劇場を移転し、あわせてオペラやバレエが上演可能な2,000席から2,500席を有する劇場を建ててほしいと願い続けているのだが、このままでは到底叶いそうにない。
 伝統芸能の関係者が国立劇場の休館に危機を訴えたように、我々オペラやバレエの舞台関係者も首都圏の深刻な劇場不足に関し、もっと声を上げなければならないのではないかと思う。海外からの大型招聘公演や国内団体の大掛かりな舞台装置を伴う公演も観られなくなるのだから、オペラファン、バレエファンも不満を爆発させてもいいはずだ。この深刻な劇場不足が社会問題化しなければ、何も動かないのではないか。世論の助けが必要だ。これは文化政策、文化行政の問題だと思うので、報道機関も我々の断末魔の叫びに耳を傾け、それぞれのメディアで取り上げてほしい。
 いつのまにか季節は移り、時代は変わっていくが、我々の周辺は止まったままで、苛立ちを覚えるほど何も進んでいない。

髙橋 典夫 NBS専務理事