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2024/09/18(水)Vol.502

新「起承転々」 漂流篇 vol.90 拝啓 小池都知事さま
2024/09/18(水)
2024年09月18日号
起承転々
連載

新「起承転々」 漂流篇 vol.90 拝啓 小池都知事さま

拝啓 小池都知事さま

 このコラムの前々回の7月号で、築地市場跡地で建設が予定されている1,200人収容の「シアターホール」を、東京文化会館並みの2,300席を有する本格的なオペラやバレエが上演できる舞台機構を備えた劇場に計画変更できないものかと書いた。すると何人かの人から声をかけられた。1,200人収容の「シアターホール」の計画があるなら、それを2,300人くらい収容する劇場に拡大できる可能性はあるのではないかと。一方でデベロッパーが一番儲かるのがマンション建設で、同跡地にマンションが何棟か建つ計画だから、「シアターホール」の現状の計画を簡単に変えられないのではないかという、建設業界に詳しい人からの意見もあった。民間のデベロッパー主導で計画が相当進んでいるから、早急に動かないと手遅れになるタイミングだとも言われた。私には情報の真偽のほどはわからないが、いずれにしても同跡地は東京都のものだから現段階でデベロッパーに注文を付けられるとしたら小池都知事しかいないだろうというのが一致した見方だ。築地市場跡の開発の話も、2026年から改修工事に入ると言われている東京文化会館も、東京都の管轄だ。私には残念ながら都知事に直訴できるだけのコネクションがないので、焦る気持ちから小池都知事の目に触れることを願って、この嘆願文をしたためることにした。

小池百合子都知事さま
 止むに止まれぬ思いで、この手紙を書いています。この拙文が都知事の目に留まることを切に願っています。公益財団法人日本舞台芸術振興会(NBS)は東京バレエ団を運営して国内外で公演する一方、海外からミラノ・スカラ座、ウィーン国立歌劇場などのオペラ団、パリ・オペラ座バレエ団や英国ロイヤル・バレエ団をはじめとする世界一流の舞台芸術の団体を招聘し、長年にわたり、わが国の観客にさまざまな鑑賞機会を提供してまいりました。そのほとんどは東京文化会館を使わせていただいております。東京文化会館をはじめ首都圏において改修工事に入る劇場・ホールが相次いでおり、本格的なバレエ・オペラ公演に適した劇場不足が深刻化しています。
 東京文化会館は非公式の情報ながら2026年春から約3年間、工事休館に入るとの情報を耳にしています。同館は開館以来63年が経ち、老朽化によって改修工事が不可欠なことは十分認識しているものの、同館に代わる劇場がないこと、同館の長期に及ぶ休館がオペラ・バレエの公演活動に支障をきたし、舞台芸術の継承にかかわる致命的な打撃となることを憂慮しています。
 東京は世界でもトップ・クラスの音楽・舞踊都市ですが、恒常的に東京で活動してきた海外の劇場関係者やアーティストたちも衝撃を受けています。東京は世界的な文化都市と見なされているにもかかわらず、このままですと劇場文化が軽視されている印象を与え、国際的にも蔑まれかねません。
 私の切なる願いは2つあります。3年とも言われている東京文化会館の休館期間をあらゆる手段を講じて可能な限り短縮していただきたい。もう一つは、築地市場跡地に東京文化会館に勝るとも劣らないオペラ・バレエを上演できる最新機能を備えた劇場をつくっていただきたいということです。まず、東京文化会館の改修工事期間の短縮に関しては、働き方改革関連法や労働人口不足などの理由によって深夜作業ができないと聞いておりますが、短縮できる方策はまったくないのでしょうか。たとえば英国ロイヤル・オペラハウスは現在も改修工事中ですが、公演活動を継続するため、夜11時から翌朝の7時まで、約10年間にわたって深夜作業を続けるようです。東京文化会館は日本を代表する公共文化施設ですので、素人考えかもしれませんが深夜の道路工事のような体制をとってでも、休館期間を短縮できないものでしょうか。同館の周辺は上野公園とJR上野駅で、住宅地ではありませんので騒音が問題になるとは思えません。劇場不足によって舞台芸術の衰退を招かないように、文化施設の改修工事には、特別な措置を考えていただけないでしょうか。私自身、海外のアーティストや劇場関係者に首都圏の劇場不足のことを説明するたびに、驚かれ呆れられて恥ずかしい思いを経験していますが、この問題に関係している人たちの間に、どこまでこうした認識が共有されているかを心配しています
 次に築地市場跡地での劇場建設に関してです。劇場は観光資源でもあり、世界の主要な都市には、必ず魅力的な劇場があることはご承知の通りかと存じます。1,400万の住民を抱え、世界有数の文化都市と見なされている東京には、東京文化会館かそれ以上の規模の劇場が、もう二つくらいあってしかるべきかと思います。近隣の国・中国や韓国でも、近年、立派な劇場の建設計画が相次いでいます。オペラやバレエなどの舞台芸術のソフト面において、日本はアジアの中では圧倒的な先進国でしたが、近年では他の国に追いつかれ追い抜かれつつあります。現在進められている築地市場跡地の再開発計画では、約1,200人収容の「シアターホール」が計画されているとのことですが、この程度の規模のホールは区民ホールなど、すでに都内にいくつもあります。同計画によって最新の国際交流拠点としての魅力的な街づくりを行うのであれば、少なくてもアジアを代表するような本格的なオペラやバレエが上演できる舞台機構を備えた、最低でも2,000人から2,500人収容できる劇場が必要不可欠です。都心で劇場建設にふさわしい土地は、築地市場跡地以外には見当たりません。民間まかせでは採算性が優先されてしまいます。「シアターホール」に関しては、東京都主導で世界に誇れるような劇場を建てていただきたいと切望しています。ここに中途半端なホールを建てたら、将来に禍根を残すことは目に見えています。
 つい思いのたけを吐露してしまいましたが、実際に東京文化会館をはじめ他の首都圏の劇場やホールが次々に工事休館に入って、これまでのように公演が鑑賞できない事態になると、音楽や舞台芸術の愛好家から怨嗟の声が沸き起こることは必至です。小池都知事の権限によって、手遅れにならないうちになんとか早急に解決策をご検討いただきたく伏してお願い申し上げます。

敬具  

 ごまめの歯ぎしりかもしれないが、われわれ舞台芸術を愛する者が声を上げなければ何も変わらないと思う。築地の再開発は都心に残った「最後の大規模開発」と言われているが、文化に関しては民間頼りではなく、海外の主要国のように国や地方自治体が主導しなければならないのではないか。都心に残された唯一の文化施設建設の最適地と思える築地市場跡地に、採算重視の施設ばかりが出来るようで、違和感を覚えるのは私だけだろうか。私の理解が足りないのかもしれないが、文化政策や文化行政において、縦割りであるうえに厳しい規制で自家中毒症に陥っているのではないかと思える。これまで営々と積み上げてきた劇場文化が衰退していくとともに、文化国家としての日本がどんどん沈没していくようで辛くなる。日本はいつの間に、こんなにダメな国になってしまったのか。私の止むに止まれぬ思いに同調してくださる音楽・舞踊の愛好家の方がいたら、同時多発的にあちこちで声を上げていただけたら嬉しい。

髙橋 典夫 NBS専務理事